アラスカほど、自分自身と深く向き合える場所はありません

——冬の撮影では、かまくらのなかで過ごす時間も長いと聞きました。

そうですね。氷河の上でやることといえば雪かきくらいで、それも一日中やるわけではありません。オーロラが出るまでは、撮影もあまりしないので、基本的にはかまくらのなかでジッとしています。

——そういう時間って、辛くはないですか。

孤独よりも、退屈が辛いですね。そんなとき、一番の気晴らしになるのはラジオ。日本にいる間に、ICレコーダーで撮り溜めておいたラジオ番組を、ずっと聴いています。最近は、お笑いコンビのメッセンジャーさんがMBSラジオでやっている『それゆけ!メッセンジャー』という番組がお気に入りで。日本にいると、ついついリアルタイムで聴きたくなってしまうのですが、アラスカで聴くときのためにグッと我慢して録音しています(笑)。

——書籍もたくさん持って行かれるそうですね。

昔はそれこそ50冊くらい持って行くこともありましたが、最近はもう少し厳選しています。小説はほとんど読まないので、ノンフィクション系の文庫本を10冊くらい。僕は後藤正治さんというノンフィクション作家のファンで。市井に生きる「普通の人」たちを丹念に取材したルポルタージュが大好きなんです。後藤さんの著作は、アラスカで何遍も読み返しました。

氷河の上で、50日間一人ぼっち。写真家・松本紀生さんに聞く、孤独のススメ_b

——日本で本を読むのとは、ひと味違った読書体験になりそうですね。

そうなんです。僕はアラスカで本を読むなら、自分の内面と深く向き合うような読書がしたいと思っていて。ルポルタージュであれば、そこに描かれた人々の生き方と照らし合わせながら、自分のこれまでの人生や、これからの目標について考えてみたり。
読書を抜きにしても、自分を見つめなおすには、アラスカは最高の環境だと思います。氷河の上には、誰もいないどころか、生き物もほとんどいませんからね。もう自分と対話するしかない(笑)。日本で普通に生活しているとなかなか得られない、貴重な時間です。
こう振り返ってみると、僕には「アラスカで一人になったときにやろう」と決めていることが、意外とたくさんあって。だから寂しさを感じないのかもしれないですね。