「厚労省は治療をあきらめることを前提に制度を作っている」 

「殺人制度」。この強い言葉は、決して大げさな表現ではない。初野さんは、この言葉をつかった時の心境をこう語る。

「すでに何重にも所得制限をかけられ、あらゆる制度から弾かれて追い詰められているのに、最後の砦である高額療養費制度でも高額を支払わされる。病気になった時に、最後にとどめを刺しにくるのは……殺しにくるのは政府なんじゃないか。そう思ったんです」

彼女の怒りは、単なる負担増に向けられたものではない。それは、制度設計の根底にある思想そのものへの不信感だ。

「今回の制度改定の議論では、医療費負担が増えることで患者が受診を控える『長瀬効果』というものが試算に織り込まれていると聞きました。つまり、国は私たちが治療をあきらめることを前提に制度を作っている。これはもう、殺人制度と言わずして何なのでしょうか」

事実、厚労省は2450億円の医療費削減のうち、1070億円は患者の「受診抑制」の効果だと試算している。恐ろしいと言わざるを得ない。

しかも制度を作る立場にいる官僚たちが入るほとんどの共済組合には、「付加給付」という仕組みがある。高額療養費制度とは別に、自己負担額を最大で数万円に抑える仕組みだ。厚生労働省の共済組合にもこの仕組みは存在する。

「官僚たちはどんなに高額療養費制度が改悪されても、この付加給付という仕組みがあるから関係ないんです。自分たちの負担は上がらない。すごく悲しい気持ちになります」

崖っぷちに立たされた人間を、最後に突き落とすのは病気ではなく、国かもしれない。その恐怖と絶望が、彼女をSNSでの告発へと突き動かした。彼女の投稿には、驚くほど多くの共感の声が寄せられたという。

「当事者の方から『すでに治療をあきらめました』といった声や『受診控えをしています』という声もありました。今の制度ですら困っている人がいるのに、これをさらに改悪してどうするのでしょうか」

初野さんのようなケースは、今の制度が「最も支援が必要な層」を見落としていることを浮き彫りにしている。ひとり親であるから独力で頑張るしかなく、しかし高所得ゆえに支援から漏れ、既往歴があるために民間の保険にも頼れない。こうした人々が、病気になった途端、収入が減り、医療費負担だけが最大化される。

28歳の時に罹患したがんの治療の様子(写真/初野さん提供)
28歳の時に罹患したがんの治療の様子(写真/初野さん提供)
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「保険と名前がついているのに、保険になっていない。いったいどういうことなのかと思ってしまいます。医療費が足りないのは分かります。それなら、現役世代に比べて優遇されている高齢者の自己負担額を引き上げたり、不要な医療を保険適用外にしたりと、先に手をつけるべきことがあるのではないでしょうか」

この問題は、決して初野さんだけの特殊な話ではない。誰もが病気になる可能性があり、誰もが「制度の谷間」に落ちるリスクを抱えている。今回の高額療養費制度の見直しは、私たち一人ひとりが自身の問題として考え、声を上げるべき喫緊の課題なのではないだろうか。

取材・文/集英社オンライン編集部