なぜチップを払うのか?

そもそもなぜチップを払うのが「当たり前」になっているのでしょうか。そこには歴史的な背景が関係しています。

チップとは、英語で「To Insure Promptness(迅速な対応を保証するために)」の頭文字を取ったという説があるように、本来は「感謝」を示すものです。イギリスの貴族階級から始まり、19世紀末に米国へと輸入されたこの文化は、当初は「使用人に対する心付け」に近いものでした。

米国でチップ文化が根強く残る背景には、南北戦争後の奴隷解放(リンカーン大統領による奴隷制度の廃止)が大きく関係しています。当時、解放された元奴隷の多くが、ホテルのポーターや鉄道の車掌、レストランのウェイターなどサービス業に従事しました。しかし、雇用主たちは「彼らには基本給を払う必要がない。お客からのチップで稼げばよい」という旨の主張をし、極めて低い賃金や無給のままチップ頼みの労働環境をつくり上げたのです。

現在も米国ではチップで生計を立てている人も多く、レストランのホールスタッフなどには時給2ドル程度しか支払われていないケースもあります。私も過去にオリジナルブランド運営が厳しくなった際、蕎麦屋さんのバイトに応募したことがあるのですが、「時給2ドル」と提示されたのはかなり衝撃的でした。

ちなみにレストランで「まずい」と思っても、それはウェイターには関係のないことなので、サービスに問題がなければ15〜20%を払うのがマナーです。もし、味について文句があれば、それはお店のマネージャーに伝えるのが本筋です。

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チップには本来税金がかかりますが、現金やアプリでの受け取りは「足がつきにくい」ため、申告しない人もいるのが実情です。先の大統領選では、トランプ氏は「チップは100%あなたのもの、今後は課税しない」と表明し、チップ完全非課税をアピールしていました。しかし、実際に成立した「トランプ減税法案」では非課税になる対象は年間2万5000ドル(約375万円)までという仕組みにとどまり、完全な非課税にはなりませんでした。

本来、チップは「ありがとう」の気持ちを表すための文化。けれど今の米国ではそれが形骸化し、ときに消費者の善意が試されているような制度となり、チップ疲れを呼んでいます。企業側も、チップが支払われることを前提にせず、あらかじめ必要な価格を時給に織り込んでおいてくれたらいいのに、と個人的には思っています。