伊達邦彦をつかまえたよ

三月。『探偵物語』の撮影が終了した。
打ち上げの席で、優作が私を呼びつける。
「丸山さん。伊達(邦彦)をつかまえたよ」
「あ、…」
優作が、その場で体をまわして私に背を見せ、それから、ゆっくりゆっくり、気が遠くなるほどの緩さで背後を、(つまり私の方を)振り返る。
その眼が、死んでいる。
「これで書いてくれ」
「いいんですか」
「これだったら、演(や)る」
『野獣死すべし』は、こうして始まった。

松田優作氏(撮影/中村冬夫)
松田優作氏(撮影/中村冬夫)
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肉体をもたない、アクション。
優作はそれをたった数秒の動作と、あの眼で伝えてきた。
果たして、黒澤満が、角川春樹が、なんというだろう。大藪春彦は、許可するか。
なにより、私がどうするか、だ。
アパートにこもり、何日も外に出ず、塞ぎこむ。

こもって塞ぎこめばいいってもんじゃない。このまま何もしないでグズグズしてたら、既に松田優作、大藪春彦の圧倒的な圧(あつ)に闘わずして負けていることになる。
逃げない。
俺が、野獣だ。
って、冗談でしょ。冗談だけど、ともかく動く。想像する。考える。想像する。考える。

原作はこうだ。
戦時中、外地で非人間的な扱いと屈辱の極みを叩きこまれた伊達邦彦。一九四五年の終戦後、父の会社を乗っ取った者たちへの復讐を契機に、支配層への憎悪、ばかりか社会が経済が大混乱するなかでの人間性を喪失した一般国民への侮蔑、嫌悪感が急速に増殖する。

ついには自らが人間性を喪失し、唯一、友と呼べる拳銃、ハガネとナマリを偏愛したあげく、強靭な肉体と精神のすべてをぶつけ、接触してくる者を次々に殺戮。学友の真田と組んで、多額の現金が集まる大学入学金を根こそぎ強奪しての殺人行の果て、伊達はひとり、アメリカで充実した生活を手にする。

このニヒリズム。この虚無感。
だが原作の世界観のままでは優作の期待に添えないのは明らかだ。