「……丸山。最高だよ」

追跡する刑事に逮捕される寸前、伊達が立場を逆転させる夜汽車のなか。
伊達の死んだ目が瞬きひとつせずに輝く時、伊達を、優作を、突然饒舌にしたい。
何を話すか。

浦島太郎、アメリカ版。ワシントン・アーヴィング『リップ・ヴァン・ウィンクル』に出会う。

伊達「……リップ・ヴァン・ウィンクル。いい名前だ。もうずいぶん昔のことですがね。そいつが山に狩りに行ったんですよ。ウィンクルはそこで小人に酒を呑まされましてね、そのまま眠ってしまった。それでウィンクルは夢を見たんです。どんな狩りでも許される素晴らしい夢だった。その夢がそろそろクライマックスというところで、目が覚めましてね。村に帰ったんです。ところが、妻はとっくに死んでるし、村の様子も全く違う。狩りなんかもっても他だっていうんです。何というか、つまりウィンクルはひと眠りしている間に、村では何十年かの歳月が過ぎていたわけです」

ウィンクルが最後に飲むカクテル、〝X・Y・Z〟も隣の書架にある本から探し出した。ようやく書き上げた時、立てなくなった。私の中にひそんでいた〝悪〟を全部出しつくした。

生原稿を、黒澤が受け取った。
どういうわけか、京王プラザホテル、45階のティールーム。
黒澤は一気に読んで、深いため息をついた。
よし! と呟いて、目を瞑って、沈黙。どう見ても、満足してもらった。
プロデューサーに好感触を得るのが、脚本家にとって最高の歓びであることをこの時に痛感する。私も、苦心が報われた。
「原稿コピーして、すぐ優作に届けるから」

翌日。優作から電話があった。
「今、読んだ」
「はい」
「……丸山。最高だよ」
「……はい」
「待ってろ」
「……はい」
低い、いい声だった。

涙が、出そうだった。