「見方が、浅いよ」

『野獣死すべし』の公開から一ヶ月後。久しぶりに優作と会った。
この日の午後、この年設立された、セントラル・アーツのオフィスにフジテレビ放送の新番組第一話の決定稿を持参した。

そこに優作がいた。

「これから黒澤さんとともに東映本社の幹部と会食する。そんなに長くかからないから、丸山、待っててくれ」

会食後、銀座のクラブで接待を受けている優作を外の路上で待っていた。
優作がひとりで出てきた。ずいぶん不機嫌な顔をしている。
そのままタクシーで新宿に向かう。車内では何も語らない。


松田優作氏(右)と著者・丸山昇一氏(左)。『ア・ホーマンス』の撮影現場にて。
撮影/井出情児(キネマ旬報 1995年11月下旬号より)

松田優作氏(右)と著者・丸山昇一氏(左)。『ア・ホーマンス』の撮影現場にて。
撮影/井出情児(キネマ旬報 1995年11月下旬号より)

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新宿の、私がよく知らない路地奥、小さな看板だけのBAR。
質素な内装の、カウンターの一番端。
ボソボソと、
「『野獣』(の感想)、どうだった」
「……哀しみ、とかも十分伝わりますし」

優作がジッと聞いている。
私は正直に話していない。
優作は、もう気づいているはず。

ここらで本心をほんの少し。
「ただ一点。優作さん、(声の)トーンが高いほうにズレて、動きもオーバーランした時が複数個所ありましたね。どれもほんの少しですけど、でも微調整は無理、だったんですか」

ここではサングラスを外している優作の目をきちんと見ながら、じゅうぶんに敬意を払う丁重な物言いを徹底する。
それでも優作が、神経がキリッと傷んだような顔をする。
その空気。
沈黙の、間。
ちびる。
眠気が、明後日に吹っ飛ぶ。

「見方が、浅いよ」
怒りを押し殺した声の優作。
「……すみません」
グラスでバーボンを飲む。ふたりとも。
「で、なんだ」
「飄々と、漂うように……一面で、そういう伊達も織りこむ、っていうか、できたのを観てからですが、観てから言うのも無神経だけど。『荒神』のゴロ。殺しの旅人ですけど、飄々と漂うように各地を歩きまわるといいな、とか、話、飛びますけど」
優作は、応えない。かわりに、
「けっこう、みんな、きついこと言ってんな」

『野獣死すべし』、角川映画の最新作。公開されてからの評判は賛否両論。
批判もあるが、二十代、三十代前半の若い人たちには熱狂的に支持してくれた層がいるそうだ。
「腹、減ったな」
「ええ、はい」
BARを出て、少し歩く。

深夜零時が近いのに、新宿のこの狭い通りは人で溢れ、入店したごくありふれた中華屋もほぼ満席だった。

相席でふたりの席を空けてもらい、湯麺と餃子を頼む。
客の数人が驚いた顔をしたが、従業員や大半の客がそっとしておいてくれる。
店の隅の高い位置に、古いテレビがある。
昔の作法(ルーティン)通りの、テレビ時代劇をやっていた。
観るともなしに観る。
心底うんざりした顔で、優作が低くもらす。
「この頃から、この国は進化してるか」
私は黙って首を振り、ふたつの小皿にそれぞれの餃子のタレを塩梅(ブレンド)した。
「余計なこと、するな」
俺の分は俺がやる。
はい。てなもんで。