10年後、20年後の選手のために
「僕は18歳でカープに入団したんですが、プロ野球選手になっていきなり選手会、労働組合、と言われても何のことか、イメージが全然湧かなかったんです。何をするところで、自分たち選手は契約上どういう立場なのかも分かっていなかった。
2004年に1リーグ制移行に反対した古田会長が選手会でストライキをやられていたときは高校一年生だったんですけど、野球部の寮生活が厳しくて先輩の世話でせいいっぱい。新聞も読めない、テレビも見られない生活だったんです。
だから、ある先輩から『おい、プロ野球がストライキしているぞ』と教えられてびっくりしたぐらいなんです。本当に何も知らなかった。でもそんな僕の経験が逆に今、会長になって活きているんじゃないかと思うんです。
選手会の意義や、選手のために何をしているのかの告知をしないといけない。僕の場合は、自球団の選手会長をやって、どういう取り組みをしてるかを詳しく知れたというのが、大きかったです。
今、僕らがいろんな権利を持って当たり前のように野球ができてるのは先輩たちが一生懸命、いろんなことを交渉してくれたからというのが、そこでよく分かったんです」
自身が会長の任に就いたからこそ、そして選手会の歴史を知れば知るほど、あらためて先人の成し得た業績に會澤は感じ入っている。
「かつてのその瞬発力ってもう絶大だったと思うんですね。例えば、僕が同じリーダーの立場にあったとして、ある日『あまりに選手の権利が低いから、これから選手会を労働組合として立ち上げよう』とか、『1リーグになれば、選手のパイが縮小するから反対のためにストライキやろう』となったときにどうしただろうと想像するんです。素直に尊敬します。
これは前回の選手会の会議でも言ったんですよ。『みんな考えてみてくれ』って、『かつて、今、ここにいるような各チームから来たメンバーの人たちが全員集まって、“ストライキするぞ”ってやってきたんだ。その力って、すごくないか?』って。ハッパをかけたんですが、それは結構、みんな考えてくれたと思います」
今年で会長二期目の最終年を迎える會澤には他に継続して取り組み続けている問題がある。
「選手の肖像権の問題ですね。今は所属球団の独占管理ですが、これも個人と選手会が柔軟活用できるようにずっと交渉をしています。肖像権問題は先輩たちがかなり以前からずっと取り組んでくれているんですけど、平行線のままなんです。
先送りせずにやっぱりどこかでやっておかないといけない。いつも思うんですが、先輩方が選手会を作ってくれて、僕らの権利が担保された。だったら今度は僕らがその10年後、20年後の未来の選手のために何ができるか考えて実現していこうと。
支持をしてくださるファンの声も届いているし、だから、現状維持じゃだめで、新しいことにファンとともに挑戦し続けることを考えています」
昨今は選手会にいてもメリットがないとして、脱会する選手も散見されるようになってきた。ただ非加盟であっても選手会の獲得した権利は行使できる。脱会した選手のふるまいをエゴと否定的に語ることなく、會澤はこう結んだ。
「加盟は強制ではなくて自由判断でいいと思います。ただ、まず選手にはここまでの40年間の選手会の歴史を知ってもらいたい。そして僕らはメジャー帰りの選手も入ってくれるような魅力のある制度や組織にしていきたいと思っています」
12月に自身の任期が満了となる。自分の次の世代に会長のバトンを託すことも視野に入れている。
「何人かもう会長候補はいますし、引継ぎもしっかりして次の会長にバトンを受け渡したいですね。引継ぎは実務だけでなくて理念においても本当に大事です。そしてこれからは会長にも何かメリットがあるような制度が作れないかとも考えています。完全に無償なのでね。僕はいいのですが、次の会長からは何か報われてほしいとも思います」
球界はどこに向かうのか。誰のためにどこに幸福を見つけて何に着手するのか。過去40年の歴史を見ても選手会労組の方向性は、とりわけトップの力量と献身性にかかっていることが分かる。會澤が次期会長を誰にするのか、興味深い。
文/木村元彦