日本の経済を支える住宅ローン
政府は住宅の供給が急務ということで、急造の木造平屋を並べた公営住宅、復興住宅を準備するとともに、これまでになかった鉄筋コンクリート造の3階建て、4階建ての団地の建設が始まる。その後、高度成長期による経済発展を迎えるのであるが、経済政策のひとつとして、持ち家政策が採られた。
住宅取得と奨励し、住宅ローン控除、住宅金融公庫の制度なども後押しする形で、マイホーム信仰を醸成したのである。
その結果、多くの国民が目標とした家の購入と、それに伴う30年以上という住宅ローンの支払いは、我が国を支える金融の安定化にも貢献した。
その長期金融という投資基盤があってこそ、金融という経済の網の目は、各産業や企業への融資や証券や為替などの短期投資、金融商品などに循環し拡がっていくわけである。
そうした住宅金融の仕組みは、30年以上という長期にわたり返済が続くが、元手のない若い世代にとっては、安定した住処を必要とする子育ての時期に取得できることが動機となり、生活基盤でもあるため返済を滞らせる確率も低い。融資する側にとっても、金利による利益確定が手堅いのである。
住宅ローン金利が5%前後である時代が長く続き、8%を超えていた1990年代後半までは、土地価格も上昇し続け、住宅を持つということには、借りるほうも貸すほうも互いに多大なメリットがあったわけである。
それがバブル崩壊を経て、住宅ローン金利は3%、2%と下落していった。すると以前のようには若い世代が家を持つことは徐々に困難になっていった。
それは、住宅ローンのような長期の借り入れの審査合格には、安定した就業状態が前提であることと、過去に借り入れに対する返済の延滞や金融事故がないことなどが求められるからである。
就業状態については、バブル崩壊後の失われた30年ともいわれる景気の停滞の中で、企業が採用を控えた就職氷河期に第二次ベビーブーマー世代が呑み込まれたことで、人材の流動化を提唱したことによる派遣労働や、年次ごとの契約社員制度がアダになって安定した就業状況を得られず、結婚し家庭を持ち、住宅の購入を検討すべき若い世代の多くがその機会を持てなかったことによる。
さらに、サラ金、街金といわれるノンバンクによる小規模のマネーローンや、大手量販店が発行したポイント付きのクレジットカードなどで、分割購入した家財や、気軽に借り入れた生活資金のキャッシング、携帯電話通信料等の支払いで延滞を起こし、かつては住宅ローンなどの大手金融機関が補捉することがなかった、そうした過去の小さな金融事故が、コンピューターで自動化された審査のプロセスで、ネットワーク上に残ったデータとして参照されてしまう。
その結果、既に支払い済みの小さな数万円に満たないお金の事故であっても、何千万の借り入れをフイにする事態も起き得たのである。
そうした事情も相まって、かつて高度成長期には年間70万戸もあった新築住宅の着工棟数は、少子高齢化で少なくなった住宅取得世代の数に輪を掛けて住宅ローン借り入れの見込み世代をさらに削り、20万戸にまで落ち込んでいるのである。