席の個室化、お一人様専用店は人間工学的にはひとつの高みに

昨今、もっとも印象深いのがお一人様向けに特化した商業店舗である。

その草分けとして、九州発祥のラーメンの、味わいに集中することを売りにした人気のラーメンチェーンがある。この店舗には一号店の手造りの店舗で模索した「味集中ブース」という考え方がある。

本来ラーメンという外食は、顧客回転が命で、カウンター形式に座り心地が良いとはいえない丸椅子、たとえ二人連れで来店しても、空いた席から分かれて座ってもらい、食べたらすぐに帰ってもらうというのが常套である。

そのカウンター形式に個室感覚を取り入れたことが画期的であった。

「味集中ブース」(写真/Shutterstock)
「味集中ブース」(写真/Shutterstock)
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それまで周囲から好奇の目で見られることが嫌で、一人でラーメンだけを食べに行くことに抵抗のあった若い女性客にも、来店してもらうことに成功したのである。店のつくりは薄暗いホールの形式を取り、食券の購入から自動化され、来店時の店員の挨拶も自動音声だ。

座席は入り口ホールに空いた席を電光掲示板で示すようになっており、カウンターに向かう客の後ろ姿以外は見えない構造となっている。

カウンター正面には簾が掛けられて、店員からも顔は見えない。照明もカウンター上のラーメンにのみスポットが当たるような形式であり、追加注文も紙とペンと呼び出しボタンによって声を知られることもない。

まるで自動食事システムともいうべき近未来のSF(サイエンスフィクション)のような店内風景であった。

店員側からも顔が見えないようになっているブース(写真/Shutterstock)
店員側からも顔が見えないようになっているブース(写真/Shutterstock)

このような内装には大変面食らうと同時に、視覚イメージの発信という店舗の持つ内装デザイン機能が、そこにはなくなっている。

建築デザインのファスト化を越えて、デザインの喪失ともいう状況だ。

これは、同時期に台頭してきたマンガ喫茶、ネットカフェと同様の、個人が占有できる最小限の匿名空間の確保を目的とした、新しい都市施設ともいえる現象であった。

この味に集中するためのカウンターを中心とした、完全匿名を目指した店舗の形式は、特許出願もなされているという触れ込みであったが、このような個席型の飲食店はその後もカフェや、壁に向かったカウンターでひとりで焼き肉をすることができるチェーンなども登場している。

しかしながら、そのラーメンチェーンのように、一つずつの席とブースを互いに目隠ししてまで匿名化を徹底している店舗はまだない。

店舗としてのインテリア空間の演出すら不必要と考えて、顧客ひとりひとりに確保された空間をいかに効率良く店舗平面に充填するかが設計上の勝負にもなっている。建築デザインとしてはファスト化しているのかもしれないが、人間工学的にはひとつの高みに達しているといえなくもないだろう。

そして、このチェーン店を後日思い返してみると、やはり店舗の外装や内装デザインの印象はなく、もはや看板でもない、店舗のロゴマークのみが強烈に印象に残るのである。