鈴木忠平×早見和真×クロマツテツロウ「野球の物語が生まれるとき」 トップランナーたちが明かす創作に込めた胸の内
2021年の刊行後、各ノンフィクション賞を総なめにした『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』の鈴木忠平氏、本屋大賞のノミネート作品に選ばれ、球児の母親視点で書かれたこれまでにない野球小説として話題の『アルプス席の母』の早見和真氏、プロ野球のスカウトマンを物語の主軸にすえ、現代のドラフトの裏側を描く『ドラフトキング』や最先端の高校野球を描き出す『ベー革』などが人気を博すクロマツテツロウ氏。野球をテーマにしたノンフィクション、小説、漫画のトップランナーたちが創作に込めた胸の内を語り合う。
早見 漫画の場合、そのあたりはいかがですか。たとえば主人公に対してどのような距離感を取っているのか、興味深いです。
クロマツ 僕の場合は客観視を大切にしています。『ドラフトキング』であれば、主人公の郷原というオッサンを遠巻きに見て、それを身近な感じに描いていくというか。
早見 確かに、郷原についてはどこか俯瞰したような描き方ではありますよね。それによって郷原が何を考えているのかが隠され、ミステリアスな雰囲気が生まれている気がします。
クロマツ でもその半面、僕自身が彼を好きになれていないと、読者も郷原を愛してくれないと思うので、その塩梅を大切にしています。
鈴木 やはりキャラクターとの距離感について、日々いろんなことを考えた上で答えを導き出しているんですね。
クロマツ そうですね。なので日々の中で出会った人たちも、僕にとっては重要なモチーフかもしれません。でもそもそもで言うと、僕は野球漫画を描こうと思っていたわけではなくて、もっとお洒落な作品で世に出たいと考えていたんですよ。全然ウケなくてダメでしたけど(笑)。
鈴木 ちょっと意外な気がします。
クロマツ それがある日、編集者から「野球漫画でやってみませんか。それもギャグで」と言われて方向転換したことが、『野球部に花束を』の連載につながりました。そこからはもう、野球漫画しか依頼が来なくなってしまって(笑)。
早見 僕は大学を三度留年して追い出されてくすぶっていた時に、たまたま知り合いの編集者から「小説を書け」と言ってもらったのが、『ひゃくはち』を書いたきっかけでした。自分の人生をひもといていった時に、一番商品になるのは高校時代の体験しかないと思って、それを剝き出しにして書き上げたんです。
鈴木 高校生活が商品になるというのは、その時点で確信があったんですか?
早見 明確にありました。単に手持ちのカードが他になかったというのもありますが、世の中にある野球の話というのは、弱小高に天才ピッチャーが入ってきて甲子園を目指す、みたいな物語ばかりだと感じていて。それに対して僕が体験したのは、甲子園に出るのが当たり前の強豪校の補欠だったので、これは売り物になると確信していました。
鈴木 その頃から逆張りの視点に目覚めていたんですね(笑)。
クロマツ 一読者としては、早見さんが高校時代にそういう体験をしてくれていてよかったですよ(笑)。
後編 鈴木忠平×早見和真×クロマツテツロウ “最高の野球本”を語るに続く
構成=友清 哲 撮影=樋口 涼
(集英社クオータリー コトバ 2025年春号より)
kotoba 2025年 春号
コトバ編集室 (編集)
2025/3/6
1,550円(税込)
228ページ
ISBN: ー
特集
野球の言葉
野球は単なるスポーツの枠に収まりません。ノンフィクションや小説、漫画、選手や監督たちの本を通じて、数々の名場面が語り継がれてきました。
本特集では、野球と言葉の深い結びつきにスポットを当て、どのように野球は描かれ、語られ、物語として紡がれてきたのかを探ります。スタジアムを越えて広がり続ける「野球の言葉」。
kotobaならではの角度で、野球の魅力をお届けします。
Part1野球と本の幸福な関係
柴田元幸 アメリカ文学と野球の深い関係
鈴木忠平×早見和真×クロマツテツロウ 野球の物語が生まれるとき
ツクイヨシヒサ 野球マンガを変えた名セリフ
田崎健太×中溝康隆 野球ノンフィクションの名著
生島 淳 ロジャー・エンジェルの思い出
Part2野球から生まれる言葉
高橋源一郎 優美で感動的なアメリカ野球
石田雄太 大谷翔平、イチローの言葉
生島 淳 野村語録を考える
池松 舞 野球の力、短歌の力
スージー鈴木 野球音楽ベストナイン
丸屋九兵衛 なぜラッパーは野球帽をかぶるのか?――ヒップホップとMLBの邂逅
Part3野球がつなぐ人と言葉
野嶋 剛 「棒球」が「野球」に追いついた日
木村元彦 中畑清、古田敦也、新井貴浩……歴代会長が語る「プロ野球選手会」の闘う言葉
友成晋也 アフリカで花開くベースボーラーシップ®
ピエール瀧 野球とニューウェーブと甲子園と
加藤ジャンプ 球場酒
【対談】
犬山紙子×今西洋介 子どもを性被害から守る言葉
【インタビュー】
福岡伸一 ボルネオで出会った環境と生物の動的平衡
【連載】
大岡 玲 写真を読む
山下裕二 美を凝視する
石戸 諭 21世紀のノンフィクション論
大野和基 未来を見る人
橋本幸士 物理学者のすごい日記
宇都宮徹壱 法獣医学教室の事件簿
鵜飼秀徳 ルポ 寺院消滅――コロナ後の危機
赤川 学 なぜ人は猫を飼うのか?
阿川佐和子 吾も老の花
木村英昭 月報を読む 世界における原発の現在
木村元彦 言葉を持つ
おほしんたろう おほことば
【kotobaの森】
著者インタビュー 小西公大 『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』
マーク・ピーターセン 英語で考えるコトバ
大村次郷 悠久のコトバ
吉川浩満 問う人
町山智浩 映画の台詞