生きても死んでもいない仮死状態 

それまで学校を休んだことがなく、皆勤賞も狙えるほどだったという高田さん。その日を境に、ほとんどの時間を布団の上で寝て過ごすことになる。発熱や吐き気といった身体的症状が治まっても起き上がることができず、何もできなくなってしまった。

「もうホント、ただ呼吸して、心臓動いて、たまにご飯食べたり、トイレ行ったり、お風呂もたまに入ったりするけど、学校は行けない。外にも出られない。

もう頭も全然働いていなかったような気がします。ずっと横になって、生きているとも言えないし、死んでいるとも言えない、仮死状態みたいな感じでしたね」

当時、父親は単身赴任中。担任教師が2回訪ねて来て母親と話したが、いじめなどがあったわけではなく原因はわからない。同じ部活に所属していた親友も心配して来てくれたが、高田さんは彼​​の顔を見ることが精一杯だったという。

不登校の子どもにも対応している精神科クリニックがあると聞いて、久美子さんは「病院に行こう」と何度も誘ったが、最初のうちは返答もしてくれなかったそうだ。ひきこもって半年が過ぎたころ、やっと車に乗せて連れて行くことができたという。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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高田さんは、診察室に入ると年配の男性医師に向かい、心のうちをすべて吐き出した。

「何でこうなったのかわからないし、何にも力がわかないし、これからどうしていいかわからないし、みたいにモヤモヤを全部言ったんですよ。すごく泣いたような記憶もあります。先生はただ聞いてくれて、もしかしたら、この人だったら、わかってくれるかもっていう気がしたんです」

診察後、久美子さんだけが呼ばれて医師からこう言われた。

「今は真っ暗な、とてつもなく深い穴の底に力尽きてうずくまっている状況にあり、いつの日かその暗闇の中で、周りを見ることができるようになり、はるか上方を見上げると小さな隙間が見えて、そこからかすかな光が差し込んでいる。その光が親そのものです。

回復にどれほどの時間がかかろうとも、常に光になって本人を見守っていてほしい。家族も辛い思いをしているでしょうが、本人が一番辛く、どれほど苦しい思いをしているかを常に忘れないでいてほしい」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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久美子さんは医師の説明を聞いて、「本人を見守りながら、親としてともに歩む覚悟が定まりました」と振り返る。

ところが、わずかな「光」が見えたと思ったのも束の間。通院を始めてわずか数回で、突然、高田さんは「もう行きたくない」と母親に告げる。理由は意外なことだった。

「受付にいたスタッフが中学の同級生で。相手はそれまでの私しか知らないじゃないですか。進学校に行ったのに、こういう病院に来てるなんて……。俺的には、それで行けなくなっちゃったんです」

通院もできなくなり、再び、高田さんは部屋にひきこもってしまった。