「能力」が高い人こそが、「価値」が高い人

こうして誕生したのが、努力を含む「出来」(=能力)によって、分け合い、つまりもらいの多寡を決めましょう、とする能力主義でした。

頑張れて、人よりできることが多い人、つまり「能力」が高い人こそが、「価値」が高い人である、と。そしてこの、「価値」が高い人が多くをもらうべきである─とするロジックは、現代社会でおよそその理屈を疑われることなく21世紀を迎え、いまだに私たちの社会システムの中心的な運用基準(=主義)となっています。

個人の「出来・不出来」を把握し、他者と比較したうえで、序列/優劣をつけることで、取り分に傾斜をつけることを合理化するのです。繰り返しますが、すべては限りある資源のため。本当は大盤振る舞いしたいところですが、支援やケアする対象は能力によってやむなく「絞られる」わけです。

面談を受ける女性(写真はイメージです)
面談を受ける女性(写真はイメージです)
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と同時に、近代化以降、「もらい」とは、多くの日本人にとって、仕事をすることで得る対価(給与などの報酬)を指します。自分で商売をする人もいれば、企業に雇用されながら、給与所得の形で「もらう」ことがごく当たり前になりました。

その配分される給与をもとに、買い物に行って食品を得るし、お金を出して不動産会社から土地や建物を購入したり、借りたりする。いまの私たちにとってごく当たり前の社会システム、インフラとも言えます。

ちなみに先ほど、「およそその理屈を疑われることなく」と述べましたが、正確には一部に疑ってくれる学問も存在しています。

それは私も修めてきた教育社会学です。それでも一般的に言えば、この「できる人」「価値の高い人」が多くをもらえば文句ないでしょう? という能力主義のロジックよりも人びとの納得感を誘う論理は、いまだ見出されていません。

今日も会社では、「誰が『できる人』なのか?」で評価がなされ、給与やボーナスといったもらいの多寡、言い換えれば個人の「稼ぎ」(配分)が決定されていますから。

文/勅使川原真衣 写真/shutterstock

『学歴社会は誰のため』(PHP研究所)
勅使川原真衣
『学歴社会は誰のため』(PHP研究所)
2025年3月18日
1,155円(税込)
248ページ
ISBN: 978-4569858814

長年の学歴論争に一石を投じる!
学歴不要論など侃侃諤諤の議論がなされるのに、なぜ学歴社会はなくならないのか。誰のために存在するのか。
背景にあるのは、「頑張れる人」を求める企業と、その要望に応えようとする学校の“共犯関係”だった⁉
人の「能力」を測ることに悩む人事担当者、学歴がすべてではないとわかっていてもつい学歴を気にしてしまうあなたへ。
教育社会学を修め、企業の論理も熟知する組織開発の専門家が、学歴社会の謎に迫る。

【本書の要点】
●学歴は努力の度合いを測るものとして機能してきた
●ひろゆき氏の学歴論は本質を捉えている⁉
●日本の学歴主義の背景にあるメンバーシップ型雇用
●仕事は個人の「能力」ではなくチームで回っている
●「シン・学歴社会」への第一歩は職務要件の明確化

【目次】
第1章:何のための学歴か?
第2章:「学歴あるある」の現在地
第3章:学歴論争の暗黙の前提
第4章:学歴論争の突破口
第5章:これからの「学歴論」──競争から共創へ

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