帰国したら殺されることまで考えていた

内田 譲歩や撤退ができないのは、日本のエリートたちが自分たちの外交成果について「うまくいっている」と噓をつき続けてきたせいだと思います。

外交的な「落としどころ」というのはかなり幅があって、簡単には予見できないものなんです。でも、「うまくいけばこれくらい獲得できるが、うまくいかないとこれぐらいの損失が出る。どうなるかはその場次第で、今の段階では明言できない」という正直に言える人が指導層にいない。

たとえば、ロシアと中国は2004年に両国の国境線を確定して長年の国境問題に終止符を打ちました。あれはプーチンと胡錦濤の双方の政権基盤が安定していたからできたことです。

領土的譲歩というのは、短期的には損失に見えても、長期的には国益にかなう選択をしていると国民に信じられている政治指導者にしかできません。だから政権基盤が弱まると、どの国の政治家も必ずナショナリズムを煽って、国境問題では強気な発言をするようになる。これは例外がありません。

日本の政治家が外交的譲歩を怖がるようになったのはいつからだろうと考えると、決定的になったのは1905年のポーツマス条約からではないかと思います。日露戦争末期に日本はもうこれ以上戦争を継続するだけの体力がありませんでした。

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ロシア国内には主戦論が強かったので、とにかく早く講和に持ち込むしかなかった。結果的に、ロシアは満洲朝鮮からの撤兵と南樺太の割譲だけは受け入れたものの、賠償金には一切応じなかった。

巨大な戦費負担で疲弊していた日本国民は賠償金が受け取れなかったことに激怒して、日本側の弱腰外交をなじった。

代表として交渉にあたった外務大臣の小村寿太郎は帰国したら殺されることまで考えていたそうです。日露戦争はじつは「薄氷の勝利」であって、戦争継続の国力が日本にはもうないとはっきり国民に伝えておけばよかったのでしょうけれども、それまでの戦果を「皇軍大勝利」と誇大に伝えてきた軍部にはそれができなかった。

戦争を継続するために戦果について虚報を伝え続けると、講和も譲歩もできなくなる。愚かな話です。でも「本当の戦況」についての詳細な情報が開示されない限り、「落としどころ」なんか見つかるはずがないんです。

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