日本人は連立方程式を解くのが苦手
山崎 そうした戦略的な視点を持つイギリスに対して、日本という国は全体を俯瞰して見ることが一貫して苦手です。国際社会にデビューした19世紀末からずっとそうです。
どんな国が相手であっても、「日本対相手国」という二国間関係の視点だけです。世界を俯瞰して考えるのではなく、日本対清国、日本対ロシア、日本対中華民国、日本対アメリカ、日本対イギリス、日本対ソ連とバラバラに捉え、それぞれとの交渉において「譲歩しない」ことが国益だと考えてきた節があります。
大きな勢力図の中でどう振る舞うのがベストで、長期的な安定に繫げられるか、という戦略的な視点が、近代日本においては、あるようでじつはない。そういう視点で物事を捉えられる人も各時代にもちろんいたのですが、あくまで脇の立場からの意見に留められてしまうため、それが国策として反映されない。
内田 変数が複数ある方程式を解く能力が本当に日本人には欠けていると思います。つねに変数がひとつだけの一次方程式に問題を還元しようとする。変数が二つあると「あり得る状態」の数は激増するわけで、たくさんのシナリオを書き出さないといけない。
それが本来の知性の働きなんだと思います。その最良の場合から最悪の場合までのいくつもシナリオを蓋然性の高い順に並べて、資源を優先配分するということが日本人は本当に苦手なんです。「蓋然性」という言葉も「優先順位」という言葉も、まず政治家の口から出ることがない。「良いか悪いか。ゼロか100か」だけなんです。これはほとんど「国民的な病」だと言っていい。
山崎 1937年に始まった日中戦争が、はっきりした戦略も講和プランもないまま泥沼化し、米英との関係悪化によりアジア太平洋戦争へと突入した背景にも、複数のシナリオという視点の欠落があったと私は考えています。
蔣介石が指導する中国の背後には、中国の権益を日本が独占することを警戒するアメリカやイギリスなどの国々が控えている。そんな複雑な構図を読めていれば、どこかの地点で譲歩して撤兵という選択肢もあったはずです。