国民が愚鈍で無気力になるほど統治コストは安くなる

内田 日本ではすでに愚民化政策が始まっていると思います。為政者は国民にできるだけ愚鈍になってほしい。国民に政府を批判する能力もないし、対案を出す能力もないということになれば、統治コストはどんどん安くなりますから。

だから、為政者が体制を安定させて、権力を維持し続けたいと思えば、愚民化は合理的な解なんです。でも、大きな代償を支払わなければならない。国民が愚民化するということは国力が低下するということだからです。

当たり前ですよね。国民が思考停止したバカばかりなんですから、もう学術的なイノベーションは起きないし、新しい政治的なアイディアも生まれないし、新しいビジネスモデルも生まれないし、新しい文化も生まれない。

そうやって急速に「後進国」化してゆく。これが今の日本の実相です。

経済が停滞しているとはいえ、日本は相対的にはまだまだ豊かな国です。自然環境は穏やかだし、土地は肥沃だし、雨量は多いし、植物相・動物相は多様だし、伝統文化や観光資源でも、アジアでは卓越しています。

ですから、このまま国力が衰えても、私腹を肥やすには十分なだけの国富がある。この公共財を私物化していれば、あと100年、孫子の代くらいまでは支配層は「いい思い」ができます。いずれは沈む泥舟だけれど、舟から持ち出せる宝物はまだまだたっぷりある。

公権力を私的な目的のために濫用すること、公共財を私物化すること。今、日本を動かしている政官財の支配層が求めているのはそれだけです。長期的な戦略を持って、この泥舟をもう一度浮かび上がらせることを考えている人間はどこにもいない。

自民党の裏金問題に関しては、本来右翼も左翼も関係ないはず…国民が無気力になるほど「後進国」化していく日本の実相_1
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山崎 日本はすでに沈みかけている泥舟であるとのたとえが出ましたが、確かに今の日本は、沈没しつつあるタイタニックの状況に似た面があるのかもしれません。

艦橋(ブリッジ)にいて問題対処の指示を出すべき最高指揮官やその側近たちが、何をどうすれば沈没を回避できるかについて何の答えも持っておらず、それでも自分たちの威厳や面子を保つために、偉そうな顔つきで、何も問題はないと言い張っている。そんなイメージが思い浮かびます。

先の戦争中、日本軍の(陸軍)参謀本部や(海軍)軍令部のエリート将校は、自分の能力を過信して前線部隊の実力を超える作戦を立案し、兵站の不備や情報の不足などでそれが失敗しても、前線兵士や現場指揮官に責任を押しつけました。

自分は間違った判断をしないという「無謬(むびゅう)神話」への固執は、失敗を認められない硬直した思考に繫がり、新たな失敗を生み出す悪循環に陥りました。

若い兵士の命を粗末にした、生還の可能性を認めない体当たり自殺攻撃、いわゆる「特攻(特別攻撃)」も、敗戦が不可避だという現実から逃避する戦争指導部の「無謬神話」への固執がもたらした副産物のひとつで、特攻で死んだパイロットの悲壮な自己犠牲の物語を美談として宣伝することで、日本はもう敗北したという現実や、戦争指導部がじつは無能だという現実から国民の目を逸らし続けました。

今の自民党の首相や閣僚、霞が関のエリート官僚も、当時の戦争指導部と同様の陥穽に落ちているように見えます。

わからないことを「わからない」と正直に告白できず、あらゆる問題の解決法を自分たちは知っているという虚構の「無謬神話」を創り出してその殻に閉じこもり、先に下した判断の失敗が明らかになってもそれを認めず、情報を操作して「失敗しておらず、順調に進んでいる」かのように見せかけ、そんな現実逃避がさらなる失敗を招くという悪循環に陥っているようです。