この作戦を決定できるのはプーチンだけ
リトビネンコの体調悪化(放射性物質ポロニウムを摂取させられた)を知ったとき、すぐにロシア政府の関与を確信したという。
「ウラジミール=ブコウスキー(ロシア生まれの人権活動家、同じくマリーナを支援している)からの連絡だったかな。KGBにやられたと思いました。彼は亡命後、何度もKGBから命を狙われ、それ以外の組織や個人には動機がなかった。ロシアは法律を改正して暗殺環境を整えていたからね」
KGBは解体されているのだが、彼もFSBと呼ばない。ブコウスキーから「放射線被曝の症状が出ている」と聞き、「KGB」がやったとさらに確信を深めた。
「毒物で暗殺するのは彼らの伝統的な手口です。モスクワ郊外では毒薬も製造していた。素人が放射性物質を入手できますか。睡眠薬じゃないんだから、薬局では買えない」
暗殺動機についてこう解説する。
「まず、サーシャ(アレクサンドル・リトビネンコ氏)は記者会見で、KGBからベレゾフスキー(英国に住んでいたロシア人実業家、最も強硬な反プーチン勢力の一人でもあった、ボリス・ベレゾフスキー)暗殺を命じられたと発表した。KGB内部情報の暴露です。情報を少しもらすだけで大問題になる組織です。会見は裏切りです。あの組織は裏切りを許しません。以前なら死刑判決を受けてもおかしくなかった」
ゴルジエフスキーが裏切りと「死刑判決」を結びつけるのには背景があった。彼自身、英国に亡命後、ソ連時代に死刑判決を受けている。欧州ではベラルーシをのぞいてすべての国が死刑を廃止している。ゴルジエフスキーはよく「私は欧州では珍しい死刑確定囚だよ」と冗談を言う。
「しかも、サーシャは亡命後、プーチン政権を批判する本を書いた。そして、プーチンと敵対するベレゾフスキーを擁護した。さっきも言いましたが、KGBは簡単に人の命を奪う。彼らからすれば、サーシャの暗殺は必然だった」
イタリア人のスカラメラが事件当日、リトビネンコに暗殺対象者リストを渡した。リストを作ったとされるロシアの退役軍人らのグループ「名誉と尊厳」が暗殺に関与した可能性はどうだろうか。
「どんな組織なのかよくわからないが、国家以外があれほど高度な暗殺を実行できるとは思いません。ポロニウムを生成できるのは限られた原子炉です。それを手に入れるには、非常に高いレベルの承認が必要です」
「プーチンが指示したんでしょうか」
「英国のような重要な国の領土で、勝手に暗殺を実行するような勇気ある者はいない。最高権力者が許可したとしか考えられません。KGBのやり方を知っている者なら誰しも、そう考える。サーシャは死の直前、プーチンを名指しで批判した。彼もあの組織にいたから、わかったんでしょう。この作戦を決定できるのはプーチンだけだと」