「不倫した妻」を殺害した姑は「英雄」になった
考古学者のキャサリン・キャメロンが言うように、彼女が研究する歴史上の社会では、捕虜となった少女や若い女性が生き延びて安定を得るためには、多くの場合、妥協が必要だった。
安全は、捕虜となった先の主人との結婚という形でもたらされることもあった。逃げられる望みがないのなら、せめて妻としてなら地位を変えられるチャンスがあるかもしれないからだ。
「年齢を重ねれば、女性たちは影響力や権力を手に入れることができました」と彼女は説明する。
「ほかの集団から連れて来られた14歳の若い少女には、力も何もありません。集団内のほかの女たちに酷使されたり、男たちにレイプされたりと、恐ろしいことが起きるかもしれません。でも、それを乗り越えて、ある男性の妻になれば、一種の安定が得られます」。
結局、彼女はただひたすら最善を尽くす。夫との結びつきが強くなればなるほど、生活は安全になる。
「子どもができれば、別次元の地位が得られます。男性の子どもを産めば、地位を向上させることができます」。
権力をもつ年配の男性たちが支配する体制の制約のなかで、女性たちは生き抜くためにさまざまな戦略を立てているのだ。
父方居住の父系家族に嫁ぐ若い花嫁は、いま苦難を経験していても、やがて姑として、義理の娘に対して権力を振るえるようになる。
「彼女は男性には服従するが、年齢を重ねて若い女性たちに対する支配権を手に入れることで、それが帳消しになるのだ」と、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院の開発学の教授だったデニズ・カンディヨティは書いている。
だから、年配の女性たちは、若い女性だけでなく若い男性に対しても、ジェンダーに基づく義務に従うようにと圧力をかける。女性にも男性にも、異性婚をして子どもをもうけるようにと強要する。
父方居住の家族で息子を産んだ母親は、誰かが結束を乱して「間違った」相手と結婚し、パートナーへの愛情と年長者への忠義が対立してしまうことがないように気を配る必要がある。
見合い結婚や強制結婚は、そのための手段となってきた。家族のなかの年長者に対する務めを守り、家を機能させるための手段だった。これは、家父長制を維持するために女性が果たしている一つの役割だと言える。
そのことがよくわかる事件が、北西イングランド元首席公訴官のナジル・アフザルが2020年に発表した回顧録で詳しく紹介されている。
イギリスでいわゆる名誉犯罪(不道徳とみなされる行為をした者に、家族や同胞の者たちの名誉を傷つけたという理由で私的な制裁を与えること。時に死に至らしめることもあり「名誉殺人」とも言われる)の撲滅に向けた活動を長年行ってきたアフザルは、ロンドンのヒースロー空港に勤務する若い税関職員だったスルジット・アスワルの事件を取り上げている。
16歳で不幸な見合い結婚をしたアスワルは、別の男性と不倫関係に陥った。やがて、彼女は夫に離婚を求めたが、それに激怒した夫の母親が彼女の殺害を命じた。家族はアスワルをインドにおびき出し、そこで夫のおじが彼女の首を絞めて、遺体を川に投げ捨てた。
アスワルの夫とその母親は、犯罪を隠蔽しようとしたが、アスワルの兄のジャグディーシュが正義を求める運動を展開したのち、2人とも終身刑を受けた。
だが、この事件についてアフザルを特に困惑させたのは、夫の母親が殺人に対してほとんど反省の意を示さなかったことである。刑務所で面会したとき、母親はパンジャブ語でアフザルを罵倒した。
「彼女は25年間、刑務所に収監されることになっても気にしていなかった」とアフザルは書いている。母親に言わせれば、自分は英雄だったのだ。家族の名誉を守った英雄だった。