「私が初めて結婚したのは9歳で、相手は見知らぬ78歳の老人でした」法律でも改善できない、児童婚を存続させる「伝統」の壁
78歳の老人に嫁がされた9歳の少女……ケニア政府は児童婚を禁止する法律を制定してはいるが、「伝統」が大きな壁になり、思うようには改善していない。ケニアにいまだに残る「児童婚」の恐るべき実態。
ルポライター・三浦英之がアフリカの各国を取材した『沸騰大陸』より一部抜粋、再編集してお届けする。
沸騰大陸 #2
「これ以上、少女たちに『痛み』を押しつけちゃいけない」
サンブル民族の村に行き、大人たちの意見を聞いてみることにした。
9歳の娘を結婚させた経験を持つ47歳の母親は言った。
「夫が牛と持参金を受け取ってしまったんです。そうなるともう、村の『しきたり』で結婚を拒むことはできません」
11歳の娘を嫁がせたという45歳の母親は釈明する。
「夫が『友情の証しに』と、娘をその友人の息子と結婚させたんです。この村では伝統に逆らうと、私たちも集落から追放されてしまいます」
マララル村で児童婚の撲滅運動に取り組むNGO「サンブル少女基金」のクリスティーヌ・レパセルが顔を歪めながら教えてくれた。
「ここでは児童婚を『伝統文化』と捉えている人がいまでも本当に多いの。女の子はこの村では牛やヤギの家畜と変わらないのよ。1日も早く自らの意思で結婚相手を選べるような社会を作らないと、いつまでも負の連鎖が続いてしまうわ」
サンブル少女基金の設立以後、職員の手によって救出された少女の数は全部で210人。彼女たちは実家には戻れないため、施設で生活したり、寮のある学校で勉強したりしている。
取材に訪れたロドケジェク中学校では、女子生徒285人のうち42人が児童婚から救出された少女たちだった。
「最大の障壁は、この地域で暮らす人々の教育に対する理解の低さです」と校長のサムエ・ララキンピンは言う。
「この地方における女子の初等学校進学率は2割程度。多くの住民が『女子に教育はいらない』と信じ込んでいる。なかには『女の子に教育を受けさせると、まともな子どもが生まれなくなる』なんて言う人までいるんですよ!」
村を離れるとき、四輪駆動車は荒野を歩く村の成人女性たちの集団に出くわした。
すべての画像を見る
サンブル民族は日本でよく知られているマサイ民族の遠縁にあたり、女性たちは赤い衣を身に纏い、首にビーズなどで作られた豪華な首飾りを幾重にも巻いている。ここでは首飾りが多いほど、女性は美しいとされるらしい。
その首飾りの持つ意味について、ケニア人である現地助手は四輪駆動車の中で私にこう教えてくれた。
「ケニア北部のある村では、首飾りの数が親類の男たちとの性交渉の回数を表すんだ。性交渉が終わるごとに女性には首飾りが捧げられ、女性たちはその首飾りを『勲章』としていまも首に巻きつけている」
苦しそうに重ねて言った。
「そんな『狂った伝統』、絶対変えなきゃいけないよ。これ以上、少女たちに『痛み』を押しつけちゃいけないんだ」
文/三浦英之『沸騰大陸』より抜粋 構成/集英社学芸編集部
2024/10/25
2,090円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4087817607
「生け贄」として埋められる子ども。
78歳の老人に嫁がされた9歳の少女。
銃撃を逃れて毒ナタを振るう少年。
新聞社の特派員としてアフリカの最深部に迫った著者の手元には、生々しさゆえにお蔵入りとなった膨大な取材メモが残された。驚くべき事実の数々から厳選した34編を収録。
ノンフィクション賞を次々と受賞した気鋭のルポライターが、閉塞感に包まれた現代日本に問う、むき出しの「生」と「死」の物語。
心を揺さぶるルポ・エッセイの新境地!
目次
はじめに 沸騰大陸を旅する前に
第一章 若者たちのリアル
傍観者になった日――エジプト
タマネギと換気扇――エジプト
リードダンスの夜――スワジランド
元少年兵たちのクリスマス――中央アフリカ
九歳の花嫁――ケニア
牛跳びの少年――エチオピア
自爆ベルトの少女――ナイジェリア
生け贄――ウガンダ
美しき人々――ナミビア
電気のない村――レソト
第二章 ウソと真実
ノーベル賞なんていらない――コンゴ
隣人を殺した理由――ルワンダ
ガリッサ大学襲撃事件――ケニア
宝島――ケニア・ウガンダ
マンデラの「誤算」――南アフリカ
結合性双生児――ウガンダ
白人だけの町――南アフリカ
エボラ――リベリア
「ヒーロー」が駆け抜けた風景――南アフリカ
第三章 神々の大地
悲しみの森――マダガスカル
養殖ライオンの夢――南アフリカ
呼吸する大地――南アフリカ・ケニア
「アフリカの天井」で起きていること――エチオピア
強制移住の「楽園」――セーシェル・モーリシャス
魅惑のインジェラ――エチオピア
モスクを造る――マリ
裸足の歌姫――カーボベルデ
アフリカ最後の「植民地」――アルジェリア・西サハラ
第四章 日本とアフリカ
日本人ジャーナリストが殺害された日――ヨルダン
ウガンダの父――ウガンダ
自衛隊は撃てるのか――南スーダン
世界で一番美しい星空――ナミビア
戦場に残った日本人――南スーダン
星の王子さまを訪ねて――モロッコ