成人後も残るトラウマとは
「母は私がA中学に合格したことを、あらゆる人に自慢しました。そこまでは想定内でした。一番ショックだったのは『舞がA中学に合格したのは、私ががんばったから』と、自分の手柄のように言ったことです。まるで母がA中学に合格したかのような物言いでした」
私の教育方法がよかった。舞の合格のために私が毎日フォローした。母親の力で舞さんがA中学に合格したかのような発言を聞いて、舞さんは絶望的な気持ちになった。
合格したのは私だよね?
母親は合格という目標を達成し、自分のがんばりを世の中に伝えたことで満足した。合格発表以降も相変わらず過干渉で厳しい母親だったが、勉強に関してはあまり口を出してこなくなった。
不眠の症状は変わらず続いたが、大好きなピアノや音楽にさらに夢中になり、舞さんは充実した学校生活を送った。
その後、舞さんは大学に入学。卒業後は会社員として働き始めた。しかし、働き始めると不眠症が悪化。薬なしでは眠れなくなり、常に睡眠薬を飲むようになる。
「がんばらない自分が許せないという気持ちが強くなっていました。休んでいるとそわそわするんです。仕事では上司やクライアントの無茶な要求に応えなければならず、結果を出さなければならないという重圧から、無理をして働いていました」
発作で倒れて、一晩で3回救急車で運ばれたこともあった。体調不良が続き、気づいたときにはメニエール病と診断されていた。
病床で、舞さんはあることに気付く。それは、条件付きでしか母親に褒められなかったことだ。
「テストでいい結果を出したときしか母は褒めてくれませんでした。条件がないと、母から認めてもらえない。『がんばらない自分には価値がない』『いい結果を出さないと人は離れていく』という気持ちが、ずっと根底にあることに気づきました」
大好きな中学に巡り合えたことは良かった。でも、中学受験で「合格しないと認められない自分」の存在に気付いてしまった。
そして、合格してもその手柄は母親にあることを知り、虚無感に襲われた。
「自分の過去の思いに気づいたとき、ありのままの自分を受け入れなくてはと思いました。今は、中学受験からずっと走り続けてきた自分を『そのままでも大丈夫だよ』といたわり、心と体を休める練習をしています」
中学受験で得たものは大きい。でも負った傷も大きい。
大人になった今も、舞さんは過去に傷ついた自分と向き合っている。
取材・文/大夏えい