「やっぱ愛はね、人を救うんですよ(笑)」
野口さんは、さらに、思い切った行動をする。
仕事がていねいで真面目な30歳くらいの看護師が気になっており、その看護師が担当に就いた日、こう誘ったのだ。
「退院したら、○○さんと食事に行きたいなぁ。でも、食事に行く前にハローワークに行って仕事を探さないと……」
失敗してもいいように事前に“落ち”まで考えて口にしたのだが、当然のことながら返事はなかった。残念ではあったが、言えたことで満足もしたという。
「その看護師さんにほのかな恋心があった?」と聞くと、「ありますよ、それは」と言って野口さんは恥ずかしそうに笑う。
「病院は実家から近く、退院後もその看護師さんに限らず、職員の方たちと道端で会う可能性があります。会ったときに今のままじゃカッコ悪いというか、ちゃんと胸を張って会えるようになりたいなと思って。
それで、ひきこもりから脱する決意をしたんです。やっぱ愛はね、人を救うんですよ(笑)」
生まれて初めての仕事は苦戦
入院中にソーシャルワーカーに相談して、退院後に社会福祉協議会の生活サポートセンターにつながった。
就労準備支援事業所でビジネスマナーなどを受講。就労訓練で通った社会福祉法人からオファーを受けて、週3日働くことになった。
だが、生まれて初めての仕事は苦戦した。
高齢者会館の業務員として、電話の取次ぎ、報告書やチラシ作成、体操教室の準備撤収作業を行う。
だが、同じ業務に就いていた先輩が1か月ほどで辞めてしまい、業務マニュアルもなかった。わからないことがあっても、現場は職員が少なく、質問すらままならない。
「仕事のことが頭から離れず疲れが溜まっていく一方で、朝早いのに夜眠れない……。メンタルクリニックに通院して、睡眠導入剤を処方されて少し眠れるようになったけど、2年目の契約更新はされませんでした」
野口さんは社会不安障害と診断された。
その少し前には治ったはずの左膝に激痛が走り、骨髄炎と診断されていた。
「感染症リスクの高い体質なので手術は難しい。手術しても再発リスクがある」と言われ、今も痛みを抱えたまま生活している。
ひきこもる原因にもなったアトピーの症状は、ガイドラインに沿った治療を開始して、じょじょに改善している。
それでも、外ではかゆみを感じないが、家に帰ると緊張の糸が切れてかゆくなる。
だが、外見を気にすることはなくなった。入院中に読んだ新聞記事に心動かされ、発想を転換したのだという。
〈もし、あなたがアトピーを見せながら出歩き、幸せそうにしていたら、不幸だと思っている他のアトピー患者のためになるだろう〉(朝日新聞GLOBE+「アトピーと生きるということ『心の持ちよう』という薬」より)
野口さんは医師から障害者雇用を勧められて、48歳で障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)を取得。ひきこもり支援団体の講演会で会ったカウンセラーから就労移行支援事業所を紹介された。
就労移行支援事業所は国の法律で定められた福祉サービスで全国に約3300か所あり、障害のある人や難病の人の就職に向けた準備や就職活動、就職後の定着支援などさまざまなサポートを行っている。