お客さんも緊張している

その緊張には拡散作用があります。コアなファンたちから一般のお客さんにまで緊張が広がり、会場全体がピンと張り詰めている。そこに漫才師は「どうもー」と飛び出していくので、いの一番に空気をほぐしたほうがネタに入りやすい。そうすることでお客さんが笑いやすい雰囲気を作れるんです。

2023年のM-1決勝の令和ロマンは、見事なつかみをしていました。まず、くるまくんが相方のケムリくんのヒゲをいじる。

くるま:(こちら)松井ケムリさんという方でして、ヒゲともみあげがつながっております。反対側もつながっている。なんでつなげてるんだろうっていう疑問、湧きますよね……

このあと、すぐに答えを言わず、妙な間を空けます。お客さんは「これで小顔に見せようとしている、とか言うのかな?」と想像する。するとくるまくんが、こう続けます。

くるま:これ簡単でして……、毛でもって、自分の顔を、ぐるりと囲うことによって……顔の内側を日本から独立させようとしてるんです

このように誰も想像がつかないことを、もったいつけながら言う。ここでケムリくんが「そんなわけないだろ」とシンプルなツッコミを入れて、ドカンと笑いが起きました。

【M-1】お笑いの賞レースで「つかみ」は必要か? 2023年M-1決勝での令和ロマンが教えてくれた「つかみ」の正解_2

ちなみに決勝の2本目はこんな振りでした。

くるま:こちら覚えてますかね、松井ケムリくん。ヒゲともみあげがぐるっとつながっている。なんでつなげているのか覚えていますか? ……顔を毛でぐるっと囲わないと、スタジオと自分の境い目がわからなくなるからです。

同じ振り、似たような間で、1本目とはまた違う意外なボケを入れて確実に笑いをとっていました。あれだけゆっくり客席に向かって話すのは、芸人としてはかなり勇気のいることです。

くるまくんは、「間のファンタジスタ」みたいなところがありますね。フットボールアワーの後藤さんと話したときも、「あいつ、ほんま怖い間で待ちよるやろ」と言っていましたが、同感です。芸人だったら怖いくらいの「間」を作っておいて笑いをとる。くるまくんの度胸なのか余裕なのか勇気なのか、よくわからんけど見事なもんやと思います。