サハラ完走後に得たものとは

反社の世界を「足抜け」することは、高額な金銭を請求されたり、危害を加えられたりと、非常に難しいのが定番だというが、桜木さんは意を決した。

「不安と緊張で震える声を押し殺しながら会長に辞意を伝えました。すると、意外にもあっさりと『わかった、今日までだ』と承諾してくれて。会長は有能なビジネスマンでもあって、『やる気のない奴は消えてもらった方ほうがいい』と思ってくれたようで、自分は運がよかったんです」

その後、平穏な生活を送っていた桜木さんだったが、しばらくして昔の仕事仲間から連絡が入った。

「お前の後任の会長秘書が、死んだぞ」

桜木さんが会社を去った後、組織内での揉め事なのか…後任が何らかの不幸な出来事に巻き込まれたようだった。

「自分が辞めなければ彼は死なずに済んだのか」
辞めて命拾いしたことへの安堵と、後任の仲間に対する強烈な罪悪感や後悔が桜木さんを襲った。

そんな気持ちを紛らわすために出場したサハラ砂漠マラソン。
灼熱の250kmを走り切ったことで得たものとはなんだったのか。

「一皮むけたどころかレース中に一度死んで生まれ変わったような気分で…、完走し切った達成感で過去が吹っ切れましたね。

正直、このレースは過酷な上に、費用も100万円以上かかり、2~3週間仕事を休まなくてはいけない。いろいろ考えてしまうと参加に対して足踏みをしてしまいますが、一歩踏み出してスタートラインに立った時点で自分にとってはものすごい自信になりました。

いろんなことに、まずは一歩踏み出すことが、日常を変える大切な行動なんだなって改めて気づかせてもらいました」

人は間違いを犯す。過酷な経験をしたことで、それが消えることはないが、やり直すきっかけにはなるのかもしれない。

さまざまな事情や想いを抱えながら、ランナーたちは灼熱の限界に挑んでいるようだ。

取材・文/長沼良和

昨年のサハラ砂漠マラソンの様子
昨年のサハラ砂漠マラソンの様子