ダイナマイトを渡され「うれしかった」

ジェニン難民キャンプで、イスラム聖戦とつながりがあると思われた20代前半の男に自ら近づき、町の喫茶店で「殉教者になりたい」と告げた。男は「3日後に必要なものを用意する」と約束した。数日後、男はある空き家で黒のバッグを見せた。

中にダイナマイトのようなものが見えた。重さは15キロ。中に手を入れてスイッチを押す指示を受けた。

この時は「うれしかった。これで自分の思いを遂げられる」と思ったという。以前からイスラム過激派に関わっていたわけではないが、モスクの勉強会には通っていた。「殉教者には神のもとで素晴らしい生活が約束されている。両親も天国に招くことができる」と信じていた。

決行の日の朝6時、バッグを担いでジェニンを出た。乗り合いタクシーで境界の村まで行った。歩いてイスラエル側の町に入った。たまたま通りかかったアラブ人の車に乗せてもらい、バス停で降りた。普段は人が多いが、その時バス停にいたのは兵士2人だけだった。「もっと人が来るまで待とう」と思った。しかし大きなバッグを持っている彼に、兵士が不審を抱いて連絡をとったのだろう。

ガザでの爆撃を止めるよう訴えたフランスのデモ(2024年6月1日)。写真/shutterstock
ガザでの爆撃を止めるよう訴えたフランスのデモ(2024年6月1日)。写真/shutterstock
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ほどなく軍の四輪駆車が来て、いきなり撃たれた。「気付いたら病院だった」と言う。私も当時のニュースで、遠隔操作できる小型のクレーンで少年が引っ張られていく映像を見た。それがジダンだった。彼はイスラエルの病院で治療を受け、イスラエルの医師や看護の対応に謝していると語った。「罪のない民間人を殺そうと思ったのは間違いだった。双方が話し合うべきなのだ」と心境を語った。

少年の話を1時間以上聞いた。病室には監視がいたが、少年は自由に語った。しかし自爆テロに走った動機はなかなかつかめなかった。過激派から特別の訓練を受けたり、洗脳されたりしたわけではない。

宗教的な信念や政治的主張を語るわけでもない。生活が追いつめられた様子もない。私は少年に「自爆しようとしたあなたは他の人々と何が違うのか」と聞いた。少年はしばらく考えて、「みんなには忍耐力がある。僕は耐えることができなかった」と答えた。

ハマスの実像
川上 泰徳
ハマスの実像
2024年8月9日発売
1,155円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721326-3

2023年10月、ハマスがイスラエルに対し大規模な攻撃を仕掛け、世界は驚愕した。
しかし日本ではハマスについてほとんど知られておらず、単なるテロ組織と誤解している人も多い。
ガザの市民の多数が支持するこの組織は一体どんなものなのか。
何を主張し、何をしようとしているのか。
そしてパレスチナとイスラエルの今後はどうなるのか。
中東ジャーナリストの著者が豊富な取材から明らかにする。

●社会に根を張るハマスの「慈善組織」
●軍事部門を支える豊富な資金の意外な出所
●精神的指導者ヤシーンが著者に語った「自爆攻撃」
●政治部門と軍事部門が分かれている理由
●若者をハマスに向かわせる占領の絶望的状況
●ハマスが望むイスラエルとの「共存の形」 etc.

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