月一くらいのペースで通っている美容院が池袋にある。
もう長い付き合いになるけれど、担当の美容師Kさんは僕の素性までは知らず、ただ、飲食系のライターであることだけは把握されている。なのでカット中は、飲み食いの話題になることが多い。
そんなKさんが最近ハマっているのが「博多うどん」だそうだ。昨年末にご家族で福岡旅行に行き、名物の「博多ラーメン」や「もつ鍋」などの名店をめぐって楽しんだのだけど、そういった店に行くたび、「割と近いものは東京でも食べられるよな」と感じていた。ところがその帰り道、福岡空港内で何気なく寄った「やりうどん」という店の、今までに食べたことのない味に衝撃を受けた。その後もう一度、こんどはうどんだけを目当てに博多へ行き、さらに今年の6月と9月にも博多うどんツアーを予定しているというのだからすごい。
博多うどんの最大の特徴は、「コシ」という概念からはほど遠いふわふわの麺。これは、商人の街博多において、時間にシビアな商人たちが素早く食べられるよう、店で提供するうどんは「ゆでおき麺」が主流になっていったという歴史や、九州産のうどん粉の特性にも由来するそうだ。つゆは魚介の節系でだしをとった透明感のあるもので、甘みが強く、具材は、甘辛く煮た牛肉、ごぼうの天ぷら「ごぼ天」、それから練りものの「丸天」などが有名なのだそう。
そんなKさんなので、都内で博多うどんが食べられる店の開拓にも余念がなく、僕が興味を持つと、次から次へと情報を教えてくれた。そのなかで特に惹かれたのが「はせがわ酒店」という店。日本橋にある酒屋がなぜかうどんも提供しているらしく、そんなシチュエーションは僕の大好物。Kさんはそこはまだ行っていないとのことで、「じゃあ今度行って、どうだったか報告します!」と約束し、店を出た。
その数日後、ちょうど昼どきに日本橋付近で仕事が終わったタイミングがあり、やれチャンスだと店に向かってみる。
大きな商業ビルの1階にあるモダンな酒屋で、確かに入り口に「博多うどん」ののぼりがある。
店頭のメニューを見ると、うどんに日替わりのトッピングが1つと「かしわ飯」か「三角いなり」のどちらかをつけられるAセットか、トッピング2つバージョンのBセットが、それぞれ700円、800円とかなりお得だ。ところがこの日のトッピングは、Aが「きつね」、Bが「さつまいも天&かしわ」。実はKさんから「特にごぼ天と丸天が気に入った」という話を聞いており、ぜひとも食べてみたいと思っていたのだった。
そこで単品メニューを見てみると、「ごぼ天うどん」に追加トッピングの「丸天」を合わせれば、両方味わうことができそうだ。よし、決まり!
店内に入って右側がカウンター形式の飲食スペースになっている。大きな窓から光が差し込む開放的な空間。ランチは受付での先払い方式。そこでさっき決めた注文を伝えると、感じのいい店員のお姉さんが、「それなら『丸天うどん』に『ごぼ天』をトッピングするのがいいですよ。トッピングは別皿で、ごぼ天がびしゃびしゃにならないので。もちろん値段は一緒です」とアドバイスをくれた。ありがたや。
ぜひとも合わせて楽しみたい酒類は、席についてから選べるそうでひと安心。さっそくうどんを待ちつつ、スマホでQRコードを読み込むタイプのメニューを検討する。
僕は人生で初対面。これが博多うどんか。と、まずはれんげでつゆだけを飲んでみる。......へぇ~、確かに甘い! 東京出身の僕からすると、このビジュアルでこの甘さは一瞬脳が混乱するくらいのレベルだ。けれども何口か飲んでいると、すぐに好きになってきた。魚介系のだしと薄口醤油の香りと相まって、ものすごくほっこりする。
なんてことをしていると、頼んでいた酒も到着。「どうぞ、口開けですよ」と、夏らしいラベルがかわいい瓶を一緒に置いていってくれた。さっきから、なんて感じのいいお姉さんなんだろうか。
加茂金秀は、爽やかなのに旨味がしっかりしていてゴージャスな味わい。博多うどんの優しさとちょうどいい対比で、幸せな組み合わせだな~。
さて、いよいよ本格的にうどんにとりかかっていこう。いざ、巨大な丸天の下から麺を掘り出し、すすってみる。おおお~、確かに、てろてろというか、へなへなというか、やわやわというか、究極に胃に負担のなさそうな麺だ。のびた麺類が嫌いでないばかりか、むしろ大好きな僕にとって、これはドストライクなうどんと言ってもいいかもしれない。
ぷりぷりとした食感が心地いい丸天は、見た目以上に重量級。旨味と甘みの濃い味わいも相まって、かなりの食べごたえがある。続いてそこへごぼ天も投入。シャキシャキと香ばしいごぼうの味と、衣の油感がつゆに加わり、そりゃあうまい。それにしても、トッピング2種はちょっとやりすぎたな......。ものすごい豪遊感。
途中で卓上に置かれていた、九州産の「辛蔵(しんぞう)」という一味唐辛子をふって味変をしてみると、いままでに感じたことがないタイプの「不純物一切なし」といった辛味で、これまたうまい。店内ではその一味も販売されており、ひと瓶で800円以上もする高級品だったのでかなり迷ったけど、最終的に買ってしまった。
帰り際、他の客がいなかったこともあり、「なぜ酒屋さんで博多うどんなんですか?」と聞いてみると、「当店の専務が博多出身で、どうしてもやりたかったそうなんです。だから、かなりこだわって作っているんですよ」とのこと。
合わせて、「だけど、事情で製麺所を変えなくちゃいけなくなってしまったことがあって、当初よりはほんの少しだけコシが出てきちゃってるんですよね~」なんて事情まで笑いながら教えてくれ、やっぱりこのお姉さん、いい人だ、と思った。
さて、次に美容院に行ったら、忘れずにKさんに報告してあげないと。
取材・文・撮影/パリッコ