市場という波のルールを正そうという発想はない

何度も言うが、この前田の価値観は社会がつくり出したものでもあるので、このような発想を持つ個人を批判する気は毛頭ない。というか、私もまたそういう価値観を重視する人間のひとりである。

選択肢を他人に決められたくない、自分で決めたいといつも思っている。今の社会に適応しようとすると、このように考えないと幸せになりづらいのでは、とすら感じる。

一方で、「自分が決めたことだから、失敗しても自分の責任だ」と思いすぎる人が増えることは、組織や政府にとって都合の良いことであることもまた事実である。

ルールを疑わない人間が組織に増えれば、為政者や管理職にとって都合の良いルールを制定しやすいからだ。ルールを疑うことと、他人ではなく自分の決めた人生を生きることは、決して両立できないものではないはずなのだ。

しかし『人生の勝算』にそのような視点はない。当然である。

仕事や社会のルールを疑っていては─たとえば「こんなに飲み会をやっていたら、誰かいつか体を壊すのでは?」とか「そもそも日本のアイドルの労働量は過多であり、配信まで増やしたら彼女たちの時間の搾取は進むばかりでは?」とか─ビジネスの結果を出す「行動」に集中できないからだ。

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市場という波にうまく乗ることだけを考え、市場という波のルールを正そうという発想はない人々。それが新自由主義的社会が生み出した赤ん坊だったと言えるかもしれない。

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なぜ働いていると本が読めなくなるのか
三宅 香帆
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
2024年4月17日発売
1,100円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721312-6

【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。

「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。

そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章   労働と読書は両立しない?
第一章  労働を煽る自己啓発書の誕生―明治時代
第二章  「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級―大正時代
第三章  戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?―昭和戦前・戦中
第四章  「ビジネスマン」に読まれたベストセラー―1950~60年代
第五章  司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン―1970年代
第六章  女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー―1980年代
第七章  行動と経済の時代への転換点―1990年代
第八章  仕事がアイデンティティになる社会―2000年代
第九章  読書は人生の「ノイズ」なのか?―2010年代
最終章  「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします

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