材料高騰で、売れば売るほど赤字になったメニューも

「この時はゾッとしてしまいましたね。まだ評判が出回るどころか味すら知らないはずなのに……。14時に店を閉めてからも人が来ていたようですが、当時は看板すら出していなかったので、お客さんは営業が終了したことすら知らず、あちこちを歩き回ってしまったようです。そこでその日の晩、急遽、看板を作ることにしたのです」

こうして無事(?)、ロケットスタートを切ることに成功した「大むら」だが、営業から7年、何度も繰り返される物価高騰が店を襲った。ワカメや油は、開店してから間もなく、仕入れ値が2倍になり、長らく値段の変動がなかった卵や米も、この数年で一気にあがってしまった。

「卵と米は優等生だったんですけどね……」と大村さんは肩を落とすが、それでも値上げを検討することはなく、開店当初からの“1杯200円”を貫いている。

1杯200円 都内最安クラスのそば・うどん
1杯200円 都内最安クラスのそば・うどん

「最初、そばを卸してくれている世田谷の製麺所の方が店を視察に来たのですが、『大村さん、これはできませんよ』とあまりの安さに驚いていました。それでも、そば屋を開くきっかけとなった、“近所にこんなそば屋があればいい”という思いから、値段は変えませんでした。

もちろん、客の立場として考えても、『安ければ行く』と思ったのもあります。まあ、10円、20円くらいの値上げをすればいいのかもしれませんが、計算がめんどくさいので、50円単位の値段設定にしているというのも、値上げをしない理由の一つですかね」

店の名物である100円の春菊天は、12枚作るのに1時間もかかっている。これによって、他の店では味わえないフワフワ感を実現しているが、あまりにも時間がかかるために、首を痛めてしまい、今では春菊天を作る際はコルセットが必須。さらに休み休みで、なんとかできている状態だ。

時間と体力を要する名物「春菊天」
時間と体力を要する名物「春菊天」

だが昨年夏、一時期この春菊天を販売中止していた。理由は身体ではなく、こちらも値段が高騰し、原価が1枚130円ほどになってしまったのだ。時間がかかるうえに、売れば売るほど赤字とあれば、中止も当然だ。

「春菊天」+「かけそば」
「春菊天」+「かけそば」

 代わりのメニューとして、山菜やメンチカツを販売したが、これも決して原価が安いわけではない。最近では、お客からすら「値上げをすれば?」とすすめられるが、大村さんは「値上げをしたら文句を言うでしょ?(笑)」と返し、頑なに値段をあげようとしない。