政府は根拠の薄いデータで壮大な計画を立てる

政府には、導入計画の有効性を示すために打てる手が一つも残されていなかった。大雑把な計算による、個人情報窃盗への対策費用の金額以外に、政府が出せたデータは世論調査の結果のみだった。

初期のころの調査は、世間が国民IDカード導入案を強く支持していたことを示していた。2003年9月の調査では、回答者の80%が国民IDカードの導入に賛成していて、さらに、「国民IDカードの導入は、国民保健サービスでの無料医療を目的とする入国、犯罪、不法入国、給付金詐欺の防止につながると確信している」と答えた人も同程度だった。

そして、2006年の調査では以前ほどの盛り上がりはなかったが、それでも52%が導入を支持していて、ほぼ60%が「国民IDカードは当初の目的を達成する」と信じていることが明らかになった。

とはいえ、2003年においてさえ、疑問の声は多少なりともあった。「個人情報は機密として保持され、政府外の人々と共有されることはない」との説明について、回答者のほぼ半数(49%)は、「信じない」と答えていた。

しかし2006年の調査では、3分の2が「どんな政党による政府も、個人情報を機密として保持できるとは思えない」と回答した。また、「国民IDカードは、テロ行為の脅威を減らすためになんらかの役に立つ」と答えたのは、5人に1人程度にすぎなかった。

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さらに、5人中4人が「英国は『監視社会』になりつつある」と回答していて、「この国は独裁者による監視国家へ向かっている」という人権擁護運動家たちが蒔いた不安の種が、かなりの影響をもたらすようになっていることも示された。

結局のところ、この国民IDカード導入計画は奇妙な出来事だった。政府はこの構想にそれほど乗り気ではなかったにもかかわらず、その一方で計画を推し進めようとする意欲はあった。

そして、実施した世論調査の結果から、世間が国民IDカード導入を大いに求めていると判断し、それを何十億ポンドもの費用を正当化するための拠り所にした。

2005年、国民IDカード導入計画の擁護に努めていた内務省委員会の議長は、「『この計画がすべての問題に対する万能薬でないのなら、やる価値がない』という極端な意見ばかりで、話し合いが進まない」と嘆いた。

しかし残念ながら、とうてい果たせないほど壮大かつ漠然とした公約を掲げたのは、そもそも議長自身が所属している政党と政府だったのだ。

政府は根拠の薄いお粗末なデータを利用して、壮大な費用対効果の見積もりを出す癖がある。そうしてしまうおもな理由は、公約に掲げようとすることが、数々の予測のみでつくられた将来のシナリオ(モデル)にすぎないからだ。

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ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか
著者:ジョージナ・スタージ
訳者:尼丁 千津子
2024年1月26日
2,640円
四六判/368ページ
ISBN:978-4-08-737003-4
【絶賛!】
政策はAI(人工知能)では作れないことを、徹底的にわからせてくれる。
――藻谷浩介氏(『里山資本主義』)

その数字は、つくり笑いかもしれないし、ウソ泣きかもしれない。
データの表面を信じてはいけない。その隠された素顔を知るための一冊!
――泉房穂氏(前・兵庫県明石市長)

【データの“罠”が国家戦略を迷走させる!? ビッグデータ時代の必読書!】

「データ」や「エビデンス」に基づいてさえいれば、その政策や意思決定は正しく、信用できると言えるのか?

私たちは政府統計を信頼しきっているが、その調査の過程やデータが生み出されるまでの裏側を覗けば、あまりにも人間臭いドタバタ劇が繰り広げられていて驚くはずだ。本書は英国国家統計局にも関わり、政府統計の世界を知りつくす著者が、ユーモア溢れる筆致でその舞台裏を紹介した一冊である。

扱われるのは、英国の移民政策、人口、教育、犯罪数、失業者数から飲酒量まで、実に多彩な事例。それぞれの分野で「ヤバい統計」が混乱をもたらした一部始終が解説される。いずれも、日本でも同じことが起こっているのではないかと思うような話ばかりだ。

現在、この国では「根拠(エビデンス)に基づいた政策決定(EBPM)」が流行り言葉のようになっている。人工知能の発達も急速に進みつつあり、アルゴリズムに意思決定や判断を任せようとの動きも見られる。「無意識データ民主主義」といった言葉も脚光を浴びつつある。しかし本書を読めば、数字やデータだけを頼りに物事を決めることの危うさが理解できるはずだ。

数学や統計学の予備知識はいっさい不要。楽しみながらデータリテラシーが身に着く、いま注目の集英社シリーズ・コモン第3弾!

【目次】
第一章 人々
第二章 質問する
第三章 概念
第四章 変化
第五章 データなし
第六章 モデル
第七章 不確かさ
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