「ヤバい統計」で国を誤る前に
EBPMという略語を、お聞きになったことがあるだろうか。Evidence Based Policy Makingの略で、和訳すれば「根拠に基づいた政策決定」だ。日本の行政の現場でも、5年ほど前から強調されるようになっている。
これに対し、本書は終盤で警告する。「根拠に基づいた政策決定」が目指されるのは喜ばしい。しかしより重要なのは、その「根拠自体の質」なのだと。
7章にわたって延々と、質の低い根拠(ヤバいデータ)に基づく政策の失敗例を示した最後に、総括として用いられたこの言葉は重い。
そんな本書の著者は、英国の下院図書館の統計職員だ。すべての議員からの、統計数字に関するあらゆる質問に、不偏不党で可能な限り正確に答える仕事についている。
日本でそのような仕事を担うのは、霞が関の諸官庁だが、彼らは自らの政策を正当化するポジショントークに走るのが常だ。それに引き換え、著者のようなスタッフを国会自身が抱えている英国政府の仕組みは、素晴らしい。
しかるに、その英国にして、これだけの失策の山を築いてきたというのだから、EBPMの理想と現実の乖離は著しい。20世紀初頭に国民年金を導入した際の受給者数の予測の大間違いに始まり、21世紀の新型コロナウイルスへの対処の間違いに至るまで、間違った原因を構造的に分析しつつ列挙していくのを読み進むうちに、翻って日本はどうなのかと、わが身が心配になってくる。
中でも6章の「モデル」は、読み飛ばさないで欲しい。モデルやアルゴリズムがどんなに数理的に正確であろうとも、根拠として使えない「ヤバいデータ」を入力すれば、ヤバい結果が出力されてくる。ブラックボックス化したモデルでは、そのヤバい結果がまたヤバいデータとして入力側に回ることもあり、そうなれば加速度的にどんどん間違った方向へと事実認識がねじ曲がっていく。今後人工知能が普及するほど、この問題は社会のあらゆる場面で深刻化しそうだ。
政治家や官公庁職員のみならず、民間企業や教育機関などのすべての組織の、意思決定に携わる責任者にもスタッフにも、ぜひ手に取ってもらいたい本である。
「青春と読書」2024年2月号掲載