費用だけがどんどん膨らんでいく

英国のあらゆる問題の解決策と期待されていたものが、とりたてて成果を出さないままごみ箱行きになってしまったのはなぜなのだろうか。その責任の一端は、「バッドデータ」(注:統計学的に理想的なデータに紛れ込んで分析を邪魔する粗悪なデータ)にあった。

成りすまし犯罪による納税者の負担が、年間13億ポンド(約2786億円)にものぼっていたことは推計されていたが、うたわれていたほかの利点に関することについては、どれも一度もきちんと数値化されていなかった。

それらに対して政府はインパクト評価(注:政策によって予想されるプラス面とマイナス面を数量的に比較検討すること)を行わなかったため、たとえば「不法就労者や国民保健サービスでの無料医療を目的とする入国者を減らせたことによって、将来的にいくら損失が防げるか」について、世間が状況を把握したり批判したりできるような具体的な情報は何もなかったのだ。

また、国民IDカードの導入計画の支持者たちは、住民全員が一つずつ番号をもつことで実現する「完全な住民登録簿」には、データを国民保健サービスや国民保険といったほかの記録システムに紐づけられるという、きわめて大きな利点があることを強く訴えなかった。

写真はイメージです
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英国ではいまなお、正確な出入国者数も把握できていなければ、すべての大都市に加えて一部の市の人口さえも、まったく摑めていない。

「より効率的なシステムがあれば、どんなことがどれくらい軽減できるか」について、なぜ数字を出せなかったのだろうか。

公務員たちは、日々の管理業務においてさえも、統合されていない各システムから大量のデータを、きわめて多くの時間をかけて苦労しながら拾い出さなければならない。「その作業が不要になることで、労働時間を毎年どれほど削減できるか」について、なぜ数字を出せなかったのだろうか。

一方、実際に議論の対象になりえたほぼ唯一の具体的な数字は、国民IDカード制度自体を立ち上げるための費用だった。当初の見積もりでは、13億ポンド(約2443億円)から31億ポンド(約5826億円)のあいだに収まるはずだった。

ところが2007年には、10年にわたる制度立ち上げ費用の概算は57億5000万ポンド(約1兆3548億円)になっていた。すでに評判が下がっていた国民IDカード導入計画に、年間およそ6億ポンド(約1414億円)もの税金が使われていることが判明すると、政府は大打撃を受けた。