大臣告示の「概ね7対3」はほぼ守られていません。 

次に話を聞いたのは、都内でラボを経営している70代の男性。成り手不足が深刻化している業界について、「保険診療・自由診療にかかわらず、技工士に対する対価が低すぎる。最低でも今の倍は支払われないと…」と憂慮しながら、現状と将来について語ってくれた。

––––「技工士は長時間労働をしないと稼げない」と聞きますが、やはり労働条件は過酷なのでしょうか?

うちの場合は、歯科技工士の資格を取得して初任給が月収22~24万円くらいで、ここから社会保険などが引かれます。業界ではこのくらいが水準となる額ですが、実際には10万円台後半というラボも多いと聞いています。

昔は労働条件が厳しい職場のことを「3K(きつい、汚い、危険)職場」と言いましたが、さらに給料も安い。

入れ歯作成に使用される歯
入れ歯作成に使用される歯

––––給料が安い原因は、どこにあるのでしょう?

歯科医師からのダンピングもありますが、それよりも、業界に「働き方を改革しよう」という動きがないのが問題ですね。

私は開業して50年以上になりますが、ここまで続けられたのは、理解のある歯科医師を相手に仕事できたおかげです。そんなうちでも技工料の割合は6対4くらいですから、大臣告示の「概ね7対3」はほぼ守られていません。

––––「入れ歯難民」という言葉も耳にします。入れ歯を作る技工士は実際減っているのでしょうか?

今は、とにかく若い技工士たちが入れ歯に手をつけたがりません。なぜなら、作業に時間がかかるのに、保険でも自費でも単価が安いんですよ。模型作りから始めて、1本の部分入れ歯の義歯を作るのに、だいたい5〜6時間はかかります。

総義歯を作る場合、うちでは技工料が1万2000円くらいですが、これが埼玉県とか茨城県とかに行くと、6000円くらいでやらされてしまう。

そもそも、今の若い方は技工士学校でデジタル技工も習うので、その時点で入れ歯が「単価と労働力が見合わない」とわかってしまう。だから若い世代は、デジタル技工で作る自費の被せ物やインプラントに流れていくんです。

ただ、これらは高額ですし、すべての患者さんが入れられるものではない。高齢化が進む日本では保険適用の入れ歯を希望する患者が多い一方で、その作り手が減っているわけですから、数年後には「入れ歯難民」はもっと増加するんじゃないですかね。

––––入れ歯はデジタル技工では作れないのでしょうか?

入れ歯に関しては、口の中は動いて形が変わってしまうので、現状は機械で作成するのは難しいかと思います。最先端技術をもってしても、今はまだ無理ですね。

そういう意味でも、入れ歯に関しては技工士が「ちょっと単価を上げます」と言っても歯科医師に怒られない状況になりつつあります。通常はデジタル加工のほうが高単価なんですが、手作業の技工の中で、入れ歯に限っては「売り手市場」だということです。これから技工士になる方にとっては、入れ歯に取り組めば儲けられる時代なのかなとは思います。

––––技工士の引退理由としては何が挙げられるのでしょうか? 

一番多いのは、体を壊してしまうというパターンでしょうね。身体的にきついからなのか、精神的にきついからなのかわかりませんが、体を壊してしまう人は本当に多いです。納期に追われたり、お金のことなどいろいろと考えたりしてしまうのが原因かもしれません。

仕事はあるのに、人を使って作業にあたっても儲からない。そうなると、とにかく量を増やすしかなくなりますから。ずっと細かい作業をしていると、目も悪くなりますしね……。

                   ※
われわれの「歯の健康」を脅かす、これらの構造的な問題が解決される日は来るのだろうか。

取材に応じた関東近郊の歯科技工士
取材に応じた関東近郊の歯科技工士

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取材・文/集英社オンラインニュース班