立場が逆だったら「縛り付けて拷問しただろう」
次の仕事はセミナーに来てくれた人へのアポ取りです。でも、それは現地のセールスマンがやるので、私の仕事は電話帳から王族っぽい名前を見つけて電話し(王族の典型的な名前は現地のセールスに教えてもらいました)、アポを取って外交することでした。
そしてある時、現地のセールスマンに「今晩、王族の夕食パーティーがあるので一緒に来てくれ」と言われました。「現地のセールスはそこまで顧客の懐に深く入り込んでいるんだ。さすが野村のセールスマンだわ。信頼関係をちゃんと築いている」と私は少し感激しました。
塀に囲まれた屋敷に行くと、広間で親戚一同が集まって談笑しています。ホストが「この人たちが野村の人だ」と紹介するととんでもないことが起きました。親戚一同(といっても全員男性でした。女性のパーティーは別ですから)に囲まれ、怒鳴られ、肩をゆすられ「コノヤロー」みたいな感じに迫られたのです。なんでも野村に金を預けたら損をしたとかで。
現地のセールスマンは慣れているようで、「あと15分我慢してください。収まりますから」と言います。「ならいいけどね」と思ってクレームを聞いていると、何やら一枚の紙を高く掲げた男がやってきました。
「これを見ろ!」と私に突き出したその紙を見ると、軍曹の書いた月次の運用報告書でした。中身はたった2行。マイナスリターンの数字と「我々は正しいので今後も同じストラテジーで行きます」というコメントが書いてあるだけです。
私は凍り付きましたよ。こりゃあ客はキレるわ。客と立場が逆だったら「縛り付けて拷問しただろう」と。生きてこの屋敷を出られるのかなあ、と思いましたが、現地セールスの言う通り、クレームはほどなく終わって平和な夕食となりました。
サウジの首都での新規外交は困難を極めました。町全体で土木工事をやっていて毎日のように道や建物ができていきます。だから、地図が間に合わないのです。ホテルでもらった地図はA4サイズの半分以下でとても地図と呼べるものではありません。
町の真ん中に「キングファイサル大通り」という通りがあるのですが、他の道には名前はなし。役所やホテルなどの大きな建物の位置が示されているだけです。
だから、アポ取り以上にアポを取った後にその場所にたどり着くのが一苦労でした。ホテルでハイヤーを一日中雇うのですが、訪問先の住所はわかっていてもそれがどこにあるのかわかりません。「なになにホテルの西のほう」みたいな話なので、バングラディシュ人の運転手に「わかんなかったら道を聞けよ!」と何度も怒鳴りながら、なんとか目的地にたどり着いたという感じでした。バングラディシュ人は、バングラディシュ人にしか道を聞かないので、こっちもストレスが溜まって怒鳴り散らかしていたのです。
ある時、アポの20分ぐらい前に目的地に着きました。クーラーのきいた車内で待っていると、ドライバーがハガキを取りだして読み始めます。バングラディシュの家族からのハガキだそうで細かい字がびっしりと書かれていました。
外交が終わり、ハイヤーに帰って来るとドライバーはまださっきのハガキを読んでいました。私はバカにしたような態度で「お前、まだそれ読んでるの?」と言うと、彼はこう答えました。
「私は字が読めないんですよ」
聞けば、母国に妻と子ども5人を残しての出稼ぎだそうです。字が読めないのに必死で家族からのハガキを解読しようとしていたのです。
「俺とこの人とどっちが偉い?俺は独身で何の責任もない身だ。それなのに調子に乗りすぎてないか?この人を怒鳴りつけるような立場かよ!」
このとき私の放った一言は、人生で最悪の一言です。私は忙しさのあまり、我を失っていました。その恥ずかしい一言を私は絶対に忘れません。