「ズームイン」と「アウト」をくり返す──木も森も見る
シドニー・オペラハウスと比べると、ビルバオ・グッゲンハイム美術館の誕生は、はるかにドラマ性に欠け、はるかに幸せな物語だ。川沿いの土地に美術館を建てるよう政府高官を説得したのはゲーリーだったが、それでも彼は設計を受注するためにコンペに勝つ必要があった。
ゲーリーは設計案をまとめるために、彼が「遊びプレイ」と名づけた集中的なプロセスでアイデアを練った。このプロセスで用いられる最も単純な方法は、紙にラフ画を描くこと。何も知らない人の目には謎めいて見える、ごく大まかなイメージ図だ。だがゲーリーが主に使うのは、模型モデルである。
最初は大小の積み木をいろいろ動かして、機能的で、見た目にも美しい組み合わせを探していく。グッゲンハイム・ビルバオの設計では、事務所の建築家のエドウィン・チャンとともに、積み木で原型を制作し、そこに白紙をねじってつくったさまざまな形を加えていった。
1つひとつの変更を子細に調べ、残すべきか捨てるべきかを議論した。次に、木と段ボールで助手が制作した別の模型を使って、同じプロセスを何度もくり返した。「1日にいくつもの模型をつくり、矢継ぎ早にアイデアを試しては捨て、試しては捨てた」とゲーリーの伝記作家、ポール・ゴールドバーガーが書いている。
2週間の試行錯誤を経て完成した設計案は、コンペで優勝した。だがその後も試行、学習、反復のプロセスは続けられた。
ゲーリーはキャリアを通して模型をつくり続けている。彼のスタジオは模型だらけで、倉庫には数十年分の模型が収められている。最初にある縮尺の模型をつくり、次に違う視点から見るために、別の縮尺の模型をつくる。ある側面にフォーカスした模型をつくったかと思うと、それから一歩下がって全体を俯瞰する。
建物がすべての視点からどう見えるか、うまく機能するのかを十分理解できたと納得するまで、こうしたズームインとズームアウトをくり返す。新しいアイデアをたゆみなく試し、結果をチームやクライアントと話し合い、何が有効なのか、有効でないのかを判断する。そして、これは彼のプロセスのほんの始まりに過ぎない。