ピクサーは「灰色のモヤモヤ」から始まる
現在ピート・ドクターは、「カールじいさんの空飛ぶ家」「インサイド・ヘッド」「ソウルフル・ワールド」の3作品でオスカーを受賞した映画監督である。
彼は1995年の世界初のフルCGアニメーション映画「トイ・ストーリー」をはじめ、時代を象徴する名作を連発している映画スタジオ、ピクサー・アニメーション・スタジオのクリエイティブ・ディレクターも務める。
だがドクターが入社した1990年、ピクサーはほんの小さな会社で、デジタルアニメーションはまだ揺籃(ようらん)期にあり、ドクターは若くて世間知らずだった。
「ウォルト・ディズニーのような人は、眠っている間にひらめくのかと思っていたよ。突然『そうだ、ダンボだ!』なんて叫んでね」とドクターは笑う。「アイデアが完成した状態で降りてきて、最初から最後まで物語をスラスラ語れるんだと思っていた」
経験を積んだ今は、映画の物語がそんなに簡単に生まれないことを知っている。「それは灰色のモヤモヤから始まる」と彼は言う。
「灰色のモヤモヤ」を、劇場で公開されるオスカー受賞作品に変えるためにピクサーが用いているプロセスを、ドクターは長い会話の中でくわしく説明してくれた。
その方法は、ゲーリーがグッゲンハイム・ビルバオの設計で用いたプロセスとはまったく違うのだろうと、私は思っていた。なにしろアニメーション映画と美術館は、オペラハウスと風力発電所ほどかけ離れているのだから。ところがドクターが教えてくれたプロセスは、ゲーリーのプロセスと本質的にとてもよく似ていた。
1つめの共通点は時間だ。ピクサーの監督は、アイデアを探し、映画のコンセプトを練り上げるのに、数か月かけることを許される。この時点でのアイデアは、いずれ木になる種のように、最小限のものでしかない。たとえば「料理好きなフランスのネズミ」「気むずかし屋のじいさん」「少女の頭の中」など。「たったそれだけ。キャッチーで、興味をそそるアイデアであればいいんだ」とドクターは言う。
そして最初の小さな一歩として、そのアイデアがどういうふうに物語の土台になるかを説明する、12ページほどのあらすじを書く。「主に、何が起こるかを説明するんだ。舞台はどこか? どういう状況なのか? どんなことが起こるのか?」とドクター。このあらすじは、監督や脚本家、アーティスト、経営陣からなる集団に渡される。
「全員がそれを読んで、批評や質問、懸念をぶつける。監督はそれらを持ち帰ってあらすじを書き直す」。その後、論評と書き直しのラウンドが再度くり返されることもある。