「脳に腫瘍ができた」「事故を起こしたから」と数百万ずつ借りていた
セレブイメージに憧れたのか、実際に6年ほど前に関根容疑者は、♯28で詳報したように世田谷区成城の高級住宅街に拠点を移した。
「セイハの『成城』や『世田谷区』へのこだわりは異常なほどで、成城の家は自宅兼会社にしてました。もともと経営者になるくらいですからお金は好きだったのでしょうが、成城に行ってからそれがますます加速していったように思います。セイハが経営していたのは携帯電話ショップに人材派遣する会社で、派遣するだけでなくセイハ自身も成城の携帯ショップの店頭で働いていました。セイハを『女好き』だと思ったことはないのですが、女性の先にあるお金にはやたら鼻が利くといった印象でした」
関根容疑者は携帯電話ショップに訪れる女性客と親しくなっては自宅兼事務所に招くことを繰り返していたという。赤ちゃん連れの女性、中年の女性、派手目の女性などいろいろだったが、彼女たちに共通するのは“カネの匂いがする”ことだっという。
「セイハは携帯ショップに訪れるお客さんとすぐに打ち解けて、いろいろなことを自然に聞きだしてしまうんです。しかも勤務時間中に近隣のセレクトショップなどに顔を出し、誰とでも仲良くなっていきました。その中からお金を持っていそうな女性を物色していたのだと思います。一部週刊誌に2000万円を騙し取られた女性がいると出ていましたが、その方は成城の超高級住宅街エリアに住む無尽蔵な資産家で、セイハは『脳に腫瘍ができたから』『事故を起こしたから』といってはお金を数百万ずつ借りていたようです。
他にも同じように『カネを引っ張る』40~50代の女性が大勢いたそうです。こうした成城マダムたちを通して本物のお金持ちの暮らしを目の当たりにして、セイハは羨んだのだと思います」
「セイハ」の金に対する“こだわり”は、成城マダムの影響だったのかもしれない。だが成城を拠点にしてからわずか1年ほどで、セイハは身から出たサビでこの地を放り出されることになる。
「セイハが成城にいられなくなったのは、お金を騙し取られた女性たちが多くいたことに加え、同時期に携帯ショップから仕事を打ち切られて金回りが悪くなったからです。ちょうどこの頃、セイハは今回の事件の被害者夫婦の娘さんの話もしていました。昔付き合っていたとかそういう話ではなく、小学校だか中学校だかの同級生に『上野で飲食店をやってる子がいるんだ』と言っていました。セイハがイタリアンの飲食店をやりたがっていたのもちょうど成城にいる時期でしたね」
宝島夫妻の長女と付き合いだした経緯は定かではないが、こうして「セイハ」は拠点を成城から上野に移した。そして、得意の話術で上野の“焼肉王”にのぼり詰めた宝島夫妻に食い込み、あっという間に新店プロデュースを任せされるようになるなど、信頼を得た。しかし、♯22などで詳報したような主導権争いから「取られるくらいなら取ってやる」とクーデターを画策したとみられる。
「逮捕時に顔を隠していたジャケットはセイハの好きな『デンハム』というデニムのブランドです。セイハは大の洋服好きで二子玉川の高島屋や、ここ最近は銀座でよく洋服を買っていて、羽振りのいいときは月に30万円以上も洋服代に費やしていたくらいです」