誤情報効果と凶器注目効果

 次に、目撃情報の疑わしさについては、アメリカの認知心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)らによるこんな実験も有名です。

アメリカの大学生45人をいくつかのグループに分けて、車が追突する映像を見せた後、その時の車の速度を推定してもらいました。あるグループには「車が激突した時のスピードは何キロだったと思いますか」と尋ね、あるグループには「車が接触した時のスピードは何キロだったと思いますか」と尋ねました。その答えには、いったいどのような違いが生じたでしょうか。

予想通りかもしれませんが、「激突」と言われたグループの方が「接触」と言われたグループに比べ、はるかに速いスピードだったと答えました。全く同じ映像を見たにもかかわらずです。

それだけではありません。1週間後、「割れたガラスを見ましたか」と尋ねたところ、「激突」グループの中で「見た」と答えた人の割合は、「接触」グループの中で「見た」と答えた人の割合の2倍以上に上りました。映像にはガラスなど全く映っていなかったことを考えれば、実に驚くべき事実です。

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ロフタスらは、このように目撃後に与えられた情報によって記憶が実際とは違う方向に誘導される可能性があることを実証し、これを誤情報効果(misinformation effect)と呼びました。

さらに、ロフタスらは、次のような興味深い実験も行いました。

犯人役と女性店員とが写っている写真を2枚用意しました。1枚は、犯人役が女性店員に銃を向けており、もう1枚は小切手を差し出しています。この写真を見た目撃者の眼球の動きを測定したところ、それぞれの写真を見た目撃者の眼球の動きには、明らかな違いがありました。それは、どのような違いでしょうか。

また、それぞれの写真を見た目撃者に、犯人役の人の人相を尋ねたところ、正解率に明らかな違いが出ました。正解率が高かったのは、どちらの写真を見た目撃者の方でしょうか。

目撃者の眼球の動きに関する特徴的な違いは、銃を見ている時間の方が小切手を見ている時間よりも明らかに長いということです。

そのため、犯人役が銃を突き付けている写真を見た目撃者は、周囲の情報に目を配ることができず、結果的に、犯人役の人相を間違いやすいことが分かりました。こうした現象を、ロフタスらは凶器注目効果と呼びました。


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野村修也
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