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高齢化社会が進む日本において、「認知症」は避けて通れない社会的課題である。そして認知症は高齢者だけの問題ではない。若い世代でも発症する「若年性認知症」認知症があるからだ。

誰しもに起こりうる“日常の困難”に向き合う人々を描くシリーズ「立ち行かないわたしたち」の第6作『夫がわたしを忘れる日まで』(KADOKAWA)は、ある日若年性認知症と診断された男性・佐藤翔太を、主人公である妻・彩の目線で描いたコミックエッセイ。

2020年、SNSに投稿され話題を呼んだ「若年性認知症の父親と私」の作者・吉田いらこによるセミフィクションだ。

「いずれ時間や場所の感覚がなくなり、家族の顔でさえわからなくなる」と宣告された翔太。夫を支え、なんとか前を向こうとする彩だったが、病状が悪化するにつれて夫は知らない一面を見せるようになっていく。

あなたは、大切な人が“別人”になっても、今までと変わらず愛することができるだろうか? 本記事では、本作の編集に携わったKADOKAWAコミックエッセイ編集部・吉見涼氏のインタビューと共に、本書の一部を抜粋してお届けする。

認知症は“ひとごと”ではないとわかってもらうために

――本作に吉田いらこ氏を起用された経緯を教えてください。

吉田さんが2020年にTwitter(現X)にて投稿された「若年性認知症の父親と私」という作品を読んだことがきっかけです。吉田さんの実体験で、脳に障害を負ったお父さまと吉田さんご家族の日々を描いたコミックエッセイでした。

シンプルな絵柄とコマ割りで淡々と描いているのですが、内容はとにかく壮絶で…。とくに冒頭にある「大切な人が別人になってしまったら、それでもその人を愛せますか?」という問いかけが印象的で、これはシリーズ作品の新しいテーマになりうると感じました。

より読者が上記のテーマを“自分ごと”としてとらえるには、夫婦の設定にしたほうがよいのではないかと思い、セミフィクションの『夫がわたしを忘れる日まで』を立ち上げた次第です。

――決してポジティブではない題材を、読者に“自分ごと”として直視してもらうために編集者として留意したポイントはありますか?

気をつけたのは「劇的に描かない」ことです。病気になったからといって、次の日から生活のすべてが変わるわけではありません。実際はその困難の中でも前を向く日もあり、目を背けてしまう日もある。そういった日々を積み重ねて、少しずつ日常や心情が変化していくものだと思います。

作中で主人公の彩は診断を受けても前を向き、献身的に夫を支えていきますが、時間がたつにつれて少しずつ消耗していきます。その過程を読者が想像したり、主人公に感情移入したりして読んでいただけたらなと思い、ストーリーを作り上げていきました。

――「若年性認知症」をコミックエッセイで扱うに当たって、注意して作者とやりとりした点はありますか?

若年性認知症の症状や、患者さん・そのご家族の方々を取り巻く現実を理解した上で、主人公の心情を丁寧に描くことです。

大前提として「病気になった・障害を抱えた=立ち行かない」とは思いませんし、若年性認知症を発症しても、受け入れて前向きに生きている人はたくさんいます。ただその光の部分だけをストレートに描いてしまっては、このシリーズ(「立ち行かないわたしたち」)で出す意味がないとも思いました。

そういった考えもあり、本作は全編をとおして、若年性認知症になった人を「支える人の視点」のみで構成し、支える側の不安や葛藤を描くことで、社会の問題点を少しでも浮き彫りにできればいいなという思いがありました。


取材・文/結城紫雄

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