シティポップブームが出版のきっかけに
そもそも、「シティポップ文学」とはなにか。平中はこう定義づける。
「アメリカ文学、特に雑誌『ザ・ニューヨーカー』に掲載されていたような短篇作品に大きな影響を受けて書かれた作品を指します。都会的なライフスタイルの描写や、ウィットに富んだ会話、乾いた風景の描写、また、はっとするような“オチ”などが、これらの作品には通底して見られます」
もともと、平中は早い段階から、『シティポップ短篇集』の構想を抱いていたという。
「当初は『日本のニューヨーカー短篇集』というタイトルで企画したんです。でも、作品が実際に『ザ・ニューヨーカー』に掲載されていたわけでもないですし、また僕自身が若かったこともあって、実現しませんでした」
そんな状況が変わったのが、昨今の「シティポップブーム」だ。
「今、シティポップが欧米やアジア全域でも流行しているという話がいろいろ聞こえてきたんです。そのシティポップと同時代的に書かれた日本の短篇集というコンセプトにすると、わかりやすい見せ方ができるんじゃないかと思いました。シティポップもアメリカの音楽に強い影響を受けています。その点で、同時代の文学とつながるものがありました」
田中康夫は、「暗い」
こうして編纂が始まった『シティポップ短篇集』。収められた10作品は、編者である平中の作品(「かぼちゃ、come on!」)から、片岡義男や川西蘭の作品などさまざま。実際、これらの作品を選ぶときの基準はどのようなものだったのか。
「まずは、僕が好きだったものを選んでいます。最初に読んだのは何十年も前で、メモも取ってるわけじゃないんだけど、あれもあった、これもあった、と引っ張り出して、改めて読み直して、好きなものを選びましたね」
一方で、1980年代に書かれている作品でも、収録されていない作品も多い。例えば1980年代に一世を風靡した田中康夫『なんとなく、クリスタル』などは、都会的な雰囲気を持っているが、それは平中の思うシティポップ文学ではない、という。
「田中さんの世界認識は暗いと思うんです。世間的には、1980年代の明るい空気感を反映していると受け止められがちですが、僕が読むとそうは思えない。田中さんが政治家になったとき、なるほど、と思いました。小説を書くより、もっと直接的に社会を変えなくては…という決意なのかな、と」