「異物であることを恐れず、「書くこと」だけは飽きない二人」逢崎 遊 ×村山由佳『正しき地図の裏側より』_4

境界線上を歩き異物である自分を恐れない

村山 逢崎さんは以前、「空色ガールズ」で小説すばる新人賞の最終選考に残っていますよね。「空色ガールズ」と同じ人がこれを書いたのか、こんな球を投げられるんだって驚きもあったんです。
逢崎 六年も前のことなのに、覚えていてくださってありがたいです。
村山 そりゃあ覚えていますよ。あの年も、いつもながらに選考会は熱かったですから(笑)。候補になったのは、何歳の時でしたか。
逢崎 一八歳、高校三年生の時でした。当時のことはよく覚えているんですが、右も左も分からないし社会にもまだ叩きのめされていないので、万能感を持っていたんです。最終選考に選ばれた時点で「俺って天才なんだ!」となって、ワクワクしながら受賞の知らせを待っていたら、落ちましたと。僅差だったのかもしれないと思って選評を読んでみたら、誰一人褒めてくれてないよってなってしまったんです。
村山 いや、そんなことはないと思うよ!
逢崎 選んでくれなかったこんちくしょう、という気持ちが大きかったせいで、全てけなされているように見えてしまったんです(苦笑)。北方さんに「私は待っている」と、頑張ってまた最終候補になってくれと励ましていただいたことだけは覚えていたんですが……。でも、今回の受賞がきっかけでそれこそ六年ぶりに、前回最終候補になった時の選評を読んでみたんです。色眼鏡ってすごいですね。選考委員の皆さんから、びっくりするぐらい刺さるアドバイスをいただいていたんです。例えば村山さんは、全体的に幼過ぎる、まだ経験値が足りてないんじゃないかと書いてくださっていました。もしかしてそう言われたことが頭の中にあったのかもしれませんが、この六年間はずっと小説を書きながら、もっといろいろな経験を積みたいと思って過ごしてきたんです。専門学校を出てデザインの仕事をやったり、そこから迷走してフィジークの大会に出たり、子どもたちに教えるスキーのインストラクターをやったり。
村山 フィジークも!?
逢崎 はい。デザインの仕事をやっている人間がマッチョだと、めちゃくちゃ浮くんです(笑)。大会のために焼いた黒い肌でピチッとしたシャツを着ているので、だいぶ怖がられました。逆にマッチョな世界に行って、デザインの仕事をしていると言うと「気取ってんじゃねえよ。軽い気持ちで来んなよ」となるんです。環境によって、良いとされるものや常識とされるものってだいぶ変わってしまうものなんですよね。
村山 それは面白い経験をされましたね。
逢崎 そうやっていろいろな環境に自分の身を置いていく中で、「この人はすごい。付いていきたいな」と思う人や、「なんでこんなに面白くないんだろう?」と思う人など、本当にいろいろな出会いがありました。出会う人によって自分の価値観が変わっていく、その感覚が心地よかったんです。その感覚を、主人公にも体験させたかった。主人公が出会う人たちは、これまで僕が出会ってきた人たちを複合したような存在なんです。
村山 逢崎さんのお話を聞きながらふっと思い出したんですが、私は小説すばる新人賞の前に、別の賞で佳作をもらったことがあるんです(※第1回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞)。当時の選考委員のお一人だった立松和平さんから、授賞式の時に「村山さんは境界線上の人だね」と言われたんですね。「どこかに属してしまうのでなく、境界線を歩きながら全体を見はるかしていたいんでしょう」と。その時に私、それまで全く自分の中で言葉にならなかったことを言い当てられたと感じたんです。逢崎さんにも、そういうところがあるんじゃないかなと思いました。
逢崎 そうなのかもしれません。もしかしたら村山さんとちょっと違う感覚なのかもしれませんが、ある程度経験してこなれてくると、飽きちゃうんですよね。
村山 同じだ(笑)。私も、もの書きになるまで十幾つ職を転々としましたけど、飽きちゃうんですよ。分かった気がしちゃうというか。
逢崎 そうなんです! これ以上踏み込んだら、そこの環境にいるみんなと同化しちゃうかなぐらいまでいくと、やめてしまう。周りからすれば、超不思議な人ですよね。昨日まで楽しく話していたのに、みたいな(笑)。
村山 同質性を志す人って、いっぱいいるじゃないですか。なるべく周囲に溶け込もう、なるべく異物感をなくそう、と。そうじゃなくて、いろんな場所を行き来したり渡り歩いて、常に境界線上にいる。それぞれの小さな社会の中で、異物である自分を恐れないタイプは、世間では浮くかもしれないけど書く人には向いていますよ。
逢崎 そうだったら嬉しいです。結局、自分の人生を懸けてやりたいっていうものを小説に置いてしまったので、それ以外のものはどこか本気になりきれない。それは、人からは才能と言ってもらえるのかもしれないんですが、呪いに近いようなものなのかなとも思います(苦笑)。

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書くことを支えてくれた特別な読者の存在

逢崎 ちょっと自分の話をしても大丈夫でしょうか。
村山 そういう場ですから(笑)、どうぞどうぞ。
逢崎 一八歳で「空色ガールズ」が最終選考に残って落ちた後、上京して東京で生活をしながら、次こそ小説すばる新人賞を取りたい、と書き続けていたんです。そこからの数年が本当によくなかったなと思うのは、「空色ガールズ」っぽいものを量産していたんですよね。あの作品は高校生のバンドもので、最後にどんでん返しがあるという構成だったんですが、「もしかして自分はどんでん返し系の推理作家なんじゃないか?」と思っていた時期が長かった(苦笑)。応募するんだけれども一次すら通らず、賞が合ってないんじゃないかと、別の賞に応募したりした時期もありました。その頃に、今の彼女と付き合うことになったんです。今、一緒に住んでいるんですが。
村山 いいね、いいね(笑)。
逢崎 彼女は僕が東京に出て来た時、最初に親しくしてくれた人で、たまたま再会をして。その当時、自分が一番面白いと思っていた小説を読んでもらったんです。自称小説家が、小説を読んでって言っても、誰も読んでくれないんですよ。でも、彼女は読んでくれて、面白いと言ってくれたんです。それが嬉しくて他にも何作か読んでもらったら、「あなたはこの作品が一番面白いと言っていたけど、こっちのほうが面白いよ」と言われたんですね。地の文のちょっとした描写がいいよと最初に言ってくれたのも、彼女なんです。彼女に「今までいろんな人の話を書いてきたけど、次は同じ年くらいの男の子を書いてみたらいいんじゃない?」と言われて、それがきっかけで書いたのが今回の作品なんです。一年近く彼女に意見を聞いて、原稿を何度も読んでもらって、そのたびにがっつり赤を入れられて(笑)。
村山 すぐ近くに編集者的な存在がいたんですね。
逢崎 はい。昔は「ここが……」とか言われたら反論していたんですが、ここまで結果を出されたらもう頭が上がらない(笑)。思い返せば「空色ガールズ」も、読み手がいたんですよね。クラスの女の子の友達が、構成から誤字脱字まで付き合ってくれたんです。「この人にいいと言ってもらいたい」と思える特別な読者の存在が、自分にとってはすごく大事なことなんだな、これは忘れてはいけないなと痛感しているところなんです。
村山 その人の存在が、小説を書き続けるモチベーションにもなりますもんね。今後は編集者もそういう存在になってくれると思いますし、本が出れば、逢崎さんの小説が好きだという読者も出てくるはず。顔色をうかがい過ぎてもよくないけれども、その人たちの存在を支えにしながら、どんどん書いていってほしいです。書くことは飽きないでしょう?
逢崎 飽きないですね。
村山 私は墓石に「人生三日坊主」と刻んでもらおうかってぐらい飽き助(あきすけ)なんですが、書くことだけは飽きないんですよ。人生の中で、そういうものが見つけられてよかったなって思います。
逢崎 それでおまんまが食えたら最高です(笑)。
村山 一番好きなことさせてもらっておまんまが食べられるって、ずるいよね(笑)。そのかわり、逃げ場はないですけどね。やるしかない。小説を書くことって、しんどいはしんどいじゃないですか。私は最近『二人キリ』という小説で、「阿部定事件」のお定さんという女性の話を書いたんですが、彼女は男のアレをアレしちゃうわけじゃないですか。
逢崎 読ませていただきました! アレをアレしていました(笑)。
村山 その場面では、阿部定の包丁を持つ手がぶるぶる震えて、心拍が上がって体温が下がる。そういう言葉を書き付けるためには、実際に自分の体でその感覚を経験しながら、吐き気がするような思いで一字一句書かなければいけない。そういうことをしているから、おまんまを食べられるものをもらっているんだろうと思うんです。
逢崎 今、だから『二人キリ』は面白かったんだと気付かされました。実は、僕は阿部定の存在を知らなかったんですよね。全部読み終わった後で、阿部定って実際にいた人だと知ってびっくりしたんです。それぐらいリアルだったというか、あり得ない話なんですが、「もしかしてこれは村山さん自身の話なんじゃないか!?」と感じてしまうくらいの純度がありました。というのも、資料に基づいて書く小説って情報量が多くて、正直読みづらいなと思うことも多いんです。でも、『二人キリ』は昭和初期の話で、その頃の空気がものすごく伝わってくる小説なのに、全くそういう印象がありませんでした。没入感がハンパなかったんです。
村山 嬉しいです。貴重な感想を今、いただきました。阿部定を知らない人が読んだらどうなのかを私、今初めて聞いたんですよ。
逢崎 自分は足下にも及ばないな、と思ってしまいました。それと同時に、もっと頑張らなきゃなとも思ったんです。ただ、一応今、次の作品を書いているんですが、果たしてこれでいいのか、面白いのだろうかと不安になっています。受賞作と、作風ががらっと変わっているんです。自分の癖がありまして、暗い話を書いた後は明るい話、明るい話を書いた後には暗い話を書きたくなるんですよ。反動で全く逆のものを書いてしまうという状況が今まさに起こっています。
村山 基本、飽き助だからね(笑)。
逢崎 たぶん、小説に飽きるのが嫌なんですよ。だからコロコロ変えるんだと思うんです。
村山 来年の「小すば」の授賞式後の同窓会にも、胸を張って出られるように頑張ってください。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)していて、面白かったでしょう?
逢崎 あのぉ、いろんな方がいらっしゃるなと思いました(笑)。理想としては、来年の会が開かれるまでに二作目ができていればな、と。集英社さんに飽きられて、「逢崎さんはもういいかな」みたいに言われないようにしたいです。
村山 その恐怖があるのは私も同じです(笑)。

「小説すばる」2024年3月号転載

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