――あそこは上下関係が厳しいですから。

ホントとんでもないですよ! ベリキュー(Berryz工房と℃-ute)の方々なんて、僕が「吉川友の担当です、どうも」って言うと直立不動で「どうも!」みたいな感じで。

あの頃は、鞘師(里保)とズッキ(鈴木香音)と生田(衣梨奈)が入ったときで、よく世間話をしてくれたんですよ。子供だなーと思って見てたら、半年くらいでもう超絶体育会系に染まっていくっていうのを見て、ハロプロ怖え、みたいな。 

「嫌われることに対して1ミリも躊躇がなかったです」 弱肉強食のアイドル戦国時代をFKDはいかに生き延びたのか 聞き手:吉田豪_2

――それと比べたらももクロとかはぜんぜん自由にやってたんですかね。

とは思いますけど、いまのアイドルと比べればやっぱりとんでもなかったです。れになんてボロボロ泣かされてましたもんね。それくらい超絶体育会系の業界のなかで、頑張る女の子を応援するファンの人たちっていう構図を作れてたのがその時代だったのかな、と。 

緊張感を失ったアイドル業界の功罪

――戦いの要素は確実になくなりましたからね。 

「嫌われることに対して1ミリも躊躇がなかったです」 弱肉強食のアイドル戦国時代をFKDはいかに生き延びたのか 聞き手:吉田豪_3

そうですね。だから僕が行ってもう一回火に油を注いでみるとか(笑)。そういう気持ちは少しだけあります。でも、いま平和なんで受け入れられもしないだろうし。

ただ、地下アイドルが「武道館を目指します」とか「一番取ります」とか、めちゃめちゃ簡単に言うじゃないですか。ナメんなって感じですね。それで何年かして解散っていうのが何百何千とあるわけじゃないですか。

――武道館に辿り着くのがどれだけ難しいと思ってんだって話ですからね。

そうです。それをバイト感覚で片手間にやってるの見てると残念だなっていうか、まあそりゃそうだよなとも思うんですけどね。 

過酷な現場経験から得たもの

――当然、対バンも死ぬ気でやってたときが一番楽しいに決まってるし、ハローが対バンの場に出てきたみたいな時期が一番興奮したのは事実なんですよ。

そうですよね、あのときは負けたら死ぬと思ってました。アップアップガールズ(仮)なんて、山田さんも腹を括ってやってたと思いますし、プレッシャーも尋常じゃなかったと思います。あのときのピリピリ感ってもう味わえないんだろうな……そういう時代じゃないですしね。