「味覚の関西化」が進行中
稲田 先ほど「甘じょっぱい」が衝撃だったと言われましたが、僕は西の人間だから、身近だったんです。
甘糟 ああ、そうか。関西って、すき焼きにお砂糖と醬油を入れますものね。割り下の関東人にはあれ、カルチャーショックでした。それこそ異国の味。稲田さんもお砂糖入れます?
稲田 僕は生まれは鹿児島で、砂糖をがっつり使う食文化なんです。なんだけど実家はそういう地元の味を毛嫌いしていて、家では京料理的な薄味のものを食べていた……とややこしいんですが、関西文化圏で生きてきて、東京に頻繁に来るようになったのはここ10年くらいです。で、東京の味に衝撃を受けました。
甘糟 最後の章「東京エスニック」に書かれていますね。
稲田 タイ料理やインド料理に慣れ親しんでいったのと全く同じプロセスで東京の味に馴染んでいくのが、すごく楽しいんですよ。「ざるそばのつゆ、しょっぱあ!」とか「鰻、やわらかあ!」と、びっくりしながら大喜びして。
甘糟 私、鰻の違いも衝撃でした。
稲田 甘糟さん、鰻は関東風に限ると書かれていましたよね。僕も最近、ようやく東京の鰻の良さがわかってきました。最初は煮魚じゃんと思ったんですけど、その後、ふわふわとしたムースだなと。
甘糟 いなりずしも違いますよね。関西って具がたくさん入っている。いなりの主役は油揚げだから、要らないでしょうって思うんですけど流行っていますよね。それからカレーに生卵。あれにもびっくりしました。関東の食は関西に席巻されています。
稲田 僕は東京でカレーにゆで卵が添えられているのを見て、最初「これ、何のためにあるの?」と思いました。今では生卵より好きになりましたが。おっしゃる通り、東京一極集中だとみんな思っているんだけど、実は「味覚の関西化」が進んでいる。東京の人たちは侵略されていることに、案外気づいてないですが。
甘糟 私は気づいていますよ。東京で活躍している料理人や飲食の経営者も、関西出身の人が多いですしね。それから言葉も気になっています。東京の若い子たちが、普通に関西弁を喋っている。吉本の芸人さんの影響だと思いますけど。食と言葉を一緒にできませんが、地域差や性差がなくなってきていると思います。
稲田 わかります。言葉と料理はつながるところがあると思います。
ドジョウ汁に惚れ込んでいます
甘糟 この本には韓国料理が入っていないですよね。理由があったんですか?
稲田 正直なところ、自分に全くといっていいほど体験がなかったんです。外国料理を知るからには、その国の方が日本に来てやられているお店は絶対外せないという感覚があるんです。ただ、インド人がやっているインド料理店、スリランカ人がやっているスリランカ料理店には行けるんだけど、韓国人の方がやっている韓国料理店には、文化的な距離が近いがゆえのアウェー感を感じてしまって、なかなか踏み出せなかったんです。でも、ついに長年の禁を破って、韓国料理デビューを果たしました。
甘糟 どちらに行かれたんですか?
稲田 新大久保周辺ですね。今、「ヤンピョンヘジャンク」のドジョウ汁に惚れ込んでいます。世界の汁もののなかでトップクラスくらいに思っています。
甘糟 トムヤムクンを超えました?
稲田 余裕で超えました! あと一年くらいしたら、「韓国料理編」が書けるかもしれません。甘糟さん、注目している外国料理はありますか?
甘糟 最近だと、代々木上原の「ガテモタブン」で食べたブータン料理が印象的でした。辛いチーズのスープが美味しくて。現地に行ってみたくなりました。
稲田 僕が行きたいのはトルコです。西洋と東洋が混ざりあったトルコ料理に憧れているんですが、日本のトルコレストランのメニューって定型化しているので、そういうものでないトルコ料理を探したいなと。世界にはまだまだ知らない味があると思うとワクワクします。今日はありがとうございました。
(本記事は「青春と読書」2月号より転載)