味覚は食べ物飲み物だけでなく、あらゆる嗜好と通じている

先日は、「やぶきた」という茶葉を産地違いで飲み比べた。鹿児島は霧島産の「やぶきた」と京都は宇治の「やぶきた」である。霧島は「お茶の味ってこういうことでしょう?」といっているような強い主張を感じた。宇治は角のない、主張もない印象の味わい。今の私の好みは宇治のほう。何にも主張はしてこないのだけれど、お茶の味わいが舌に染み入って、いつまでも心に残る。

こんなふうに自分の好みを探る過程は楽しい。大げさを承知で言うと、お茶を通して改めて自分を知るといったらいいだろうか。味覚は食べ物飲み物だけでなく、あらゆる嗜好と通じている。

この店では、茶葉だけでなく、急須や土瓶、湯呑み茶碗などの「お道具」もたくさん販売されている。ちなみに、別の素材の取っ手が付いているものが土瓶で、胴体と同じ素材の取手が側面に付いているものが急須。土瓶にも急須にも、さまざまな素材、形、色合いのものがあって、その土地の風土や作家の手の温もりが伝わってくる。

急須や土瓶、湯呑み茶碗などの「お道具」もたくさん販売
急須や土瓶、湯呑み茶碗などの「お道具」もたくさん販売
日本茶のあれこれを「見て」「買えて」「味わえ」る、まるで“日本茶のワンダーランド”〜鎌倉の茶寮小町_4

私が次に買いたいと狙っているのは、極平型の生成色の急須。常滑の甚秋という作家のもの。蓋には深緑の藻がかかったような柄がある。美しいだけではなくて、生きているようで一種の不気味さも含んでいて、だから印象的だ。これは常滑の「藻がけ」という技法で、作陶の過程で実際に常滑の藻を使って柄を作るのだそう。

中央のカウンターでは、煎茶をはじめ、発酵茶、和紅茶などさまざまな献立が味わえる。奥の棚にはおびただしい数の急須があって、好きな急須を指定できるのが楽しい。煎茶を頼むと、女性の店主は昔ながらの天秤ばかりで茶葉を量り、柄杓でお湯を注いで、お茶を淹れてくれる。

カウンターで味わうお茶
カウンターで味わうお茶

蒸し時間を計るのは砂時計。デジタルに慣れきってかちかちになった心が、この一連の流れで解かれていく気がする。そうして淹れられたお茶を口にすると、思わず温泉に浸かった時と同じ声(「はあ〜、極楽極楽」みたいな)が出そうになるのが、我ながらおかしい。