仏教寺院の9割を占める宗派

「韓国本国ではキリスト教徒が多いですけど、日本の在日は……。個人的な印象ですが、仏教徒のほうが多い気がしますね。もちろん、いちばん多いのは(他の一般の日本人と同じく)あまり宗教に熱心でない人かもしれませんが。お寺と教会、どっちも顔を出すような人も、なかにはいます」
韓国本国で、仏教徒は人口の約15%だ(単純計算で750万人程度。なおキリスト教はプロテスタントとカトリックを合わせて人口の30%弱である)。曹渓宗は韓国国内の仏教寺院の9割をカバーする主要宗派で、禅宗であるため教義は日本の臨済宗などと比較的近いが、祈祷をはじめ朝鮮民族の民間信仰が大きく反映されているとされる。

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高麗寺の本堂の内部。一見の価値はある。参観は自由。(写真:Soichiro Koriyama)

「戦前だと、日本国内にはほとんど在日の寺はなかっただろうと思いますね。戦後になって、ムダン(巫堂)という拝み屋さんの施設ができて、寺もそういうところからできていったみたいです。うちの場合は、大阪に曹渓宗の普賢寺(当初は達磨寺)という寺が先にできて、最初はそっちが本寺でしたが、1975年にできた高麗寺が大きくなったので、やがてこっちが本寺になったんです」

日本でも韓国でも供養されなかった人々

普賢寺も高麗寺も韓国仏教の寺院だが、在日が中心になって設立されたため、「在日」ではない普通の在日韓国人(ややこしい表現だ)の留学生やビジネスマンはほとんどやってこない。寺の墓地に眠っている人たちも、戦前生まれの在日1世たちが圧倒的に多い。

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お経の経本。漢字にハングルのふりがながついているが、これとは別に在日の一般信徒向けに、漢字やハングルにひらがなのふりがなを振ったパンフレットも準備されている。言語状況は複雑だ。(写真:Soichiro Koriyama)

外国ルーツの寺にもかかわらず、高麗寺のホームページや境内内の掲示物がほとんど日本語なのも、2世以降の在日は日本語が母語である人が圧倒的に多いためだ(むしろ韓国語があまり話せない人もかなりいる)。

高麗寺が設立されたそもそものきっかけは、韓国本土からやってきた初代住職の釈泰然が、戦時中に亡くなった朝鮮人軍人・軍属の供養を発心したためである。高麗寺側のパンフレットによると、彼らは戦時中こそ靖国神社に祀られていたものの、戦後は日本政府が遺族への補償をおこなわず、いっぽう韓国政府も彼らを日帝への協力者として非難するばかりだったためだ。

境内内には1984年に建てられたという慰霊塔(友好平和之塔)も建っている。もともと厚生省の地下倉庫に保管されていた1160体の朝鮮人の遺骨を高麗寺が引き取り、供養する目的もあって建てられた塔だが、現在は遺骨は国(日本国)側に返され、かわりに彼らの名前を記した木碑だけがまつられているらしい。

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高麗寺の墓地。奥に見えるのが日韓友好平和之塔。1985 年11 月には、大韓帝国元皇太子の李垠の妻だった元皇族の李方子(旧梨本宮方子女王)が参拝に訪れたこともある。(写真:Soichiro Koriyama)

「北朝鮮側から『朝鮮半島北部出身者の遺骨もある』『日朝基本条約が締結されていないのに(在日本大韓民国民団の影響が強い)高麗寺が遺骨を保管するのは許されない』と日本国に抗議がありましてね。北系の在日の方も、民間の人は賛成してくれる人もいるんですが、朝鮮総連の中央や北朝鮮の本国は反対していて」