土葬の予約は40件

崔氏自身も認めるように、在日は3世、4世と代が下るにつれて感覚が他の日本人とより近くなっていく。韓流ブームのなかで韓国名を名乗ることには抵抗を持たないいっぽう、韓民族の間では本来は非常に重視される本貫(一族の始祖の発祥の地)や、祖先祭祀をふくめた宗教活動には興味を持たなくなる人が増える。良くも悪くも、他の日本人とあまり変わらない家族観や宗教観を持つようになるのだ。

そのため、在日の寺である高麗寺も徐々に支える人が減っている。いっぽう、山中にある広大な墓地は、最近これまでとは別の理由から注目を集めつつある。2022年から土葬エリアを作り、被葬者の宗教を問わず土葬を受け入れるようになったからだ。戒律のなかで土葬が定められているイスラム教徒や、最後の審判での復活を信じるキリスト教徒には、宗教的理由から死後の土葬を望む人が多い。

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高麗寺の土葬墓地。キリスト教やイスラム教など宗教別に区画が分けられている。(写真:Soichiro Koriyama)

「いま、すでに葬られた人が三体。生前に済ませている契約は40件くらいあります。墓地の土地はまだかなり空いていますから、いまの状態でも500箇所くらいまでは土葬を増やせますよ。契約者にはイスラム教徒の日本人やバングラデシュ人、カトリックのイタリア人やフィリピン人、ほかに普通の土葬希望者の日本人も、結構多くいます。宗教心はそれほどなくても、死後の自分の身体を焼かずに埋めてほしいと考える人がね」

「教会やモスクやらもここに建ててくれてええ」

現代の日本では土葬が可能な土地がすくなく、2020年には大分県日出町でイスラム教徒墓地の設立にあたって地域住民の反対運動が起きたこともある。

X(旧ツイッター)の投稿を検索すると、保守的(というか排外主義的)な人たちの間では、アイヌや沖縄やLGBTの話題と並んで「イスラム教徒の土葬」が排撃するべきテーマに位置づけられ、近年は土葬それ自体が政治的にセンシティブな話題になっている。「在日の寺の土葬墓地」という高麗寺の墓地は、そういう意味においては、うるさい人たちに騒がれる要素が“数え役満”で複合している。

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高麗寺の本堂。建物自体は決して大きくないが、韓国の伝統仏教寺院らしい見事な内装(写真:Soichiro Koriyama)

ただ、高麗寺がある南山城村の場合、地域として10〜15年前までは土葬の習慣があったうえ(他にも滋賀県や京都府の山間部は前世紀後半まで土葬が残っていた地域が多い)、高麗寺はすでに開寺から50年近く建っており、地元に溶け込んでいる。新しく土葬墓地を作ることについても近隣住民の理解は充分に得られたらしい。

そもそも、寺の所在地は付近にほとんど人がいない山奥で、水源地からも遠く離れている。南山城村全体の村民人口も3500人ほどしかいない。

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高台から見た高麗寺の遠景。山奥であり、土地はまだまだある。(写真:Soichiro Koriyama)
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「土地が広いしねえ。教会やらモスクやらも、ここに建ててくれてええと思うんですよ」

敷地内の高台にある三聖閣(七星・山神・独星尊者をまつる韓国民間信仰の廟)に向かう途中の山道を歩きながら、崔氏はそんなことを言った。

取材・撮影・文/安田峰俊