「未来を奪ってやりたい」子どもへの強制わいせつ「驚愕の動機」──
瀬川卓(40代・仮名)

可愛さ余って憎さ百倍とはこういうことなのでしょうか。彼(被害者)は、僕をとても慕ってくれている生徒のひとりでした。

僕は当時、学習塾の講師をしていました。父親の影響で官僚になるのが目標だったのですが、試験に合格できないまま、仮面浪人のような形で大学院に進学し、博士課程まで残っていました。

研究職にもつけないまま、高学歴難民の受け皿といったら学習塾くらいです。一応、生徒からの評判は良く、やりがいがないわけでもありませんでしたが……、40代になって急に空しく感じられるようになったんです。

子どもたちは可愛いけれど、次々と有名校に合格し、華々しい未来への切符を手にしていくわけです……。僕が手に入れられなかった社会的地位をいずれ彼らは手にするのかと思うと、嫉妬に駆られる瞬間が増えていたかもしれません。皮肉にも僕は、難関校に何人も合格させてきたので、目標の高い子しか受け持つことはありませんでした。彼もエリート意識の高い子どもで、褒めるととても喜び、僕に完全に懐(なつ)いていました。「同じ年の子は全員ライバル!」彼はそう言って友達を作ろうとせず、塾では孤立していました。

僕は彼だけ特別に、一緒に帰宅したり、プライベートでも電話やメールをしたりしていました。可愛いと思う瞬間もないわけではないのですが、

「先生、ありがとうございます。偉くなったら必ず御礼しますから」

といった強気の発言に、生意気だと腹が立つことがよくありました。クラスメートからは間違いなく嫌われるタイプだと思います。

僕はバイセクシャルで、当時、性的な興奮を覚えるのは女性より男性だったかもしれません。彼が完全に僕を信頼しきったと思った頃、僕は彼に友情の印だと言ってスキンシップを強要しました。彼は戸惑っていましたが、恥ずかしいと言うので、僕は「わかったよごめんね」と言ってそれ以上無理強いはしませんでした。

それから、彼からの電話やメールは一切無視し、塾でもできるだけ目を合わせないようにしていました。すると、

「先生、この間のこと、すみません……。また、仲良くしてほしいんですが……」

と、途端に彼は許してほしいと泣きついてきたのです。思うつぼでした。それから彼は、僕の言いなりになりました。

性的関係を重ねるうち、彼はまるでペットのように従順になり、これまでのように、僕を見くびった態度はとらなくなりました。

僕のクラスの中で彼の成績はダントツで、授業後に行う確認テストでは、いつも一番早く問題を解いて得意げに僕に見せていました。そんな彼が、授業中、集中力を欠くようになり、自信たっぷりだった表情に陰りが見えるようになりました。そして受験まであとひと月という追い込みの時期から授業に来なくなってしまったのです。

そして、彼の第一志望の高校の合格発表の日、彼の名前はなかったと、他の生徒から聞きました。まさかと思いましたが、彼は第一志望の高校受験に失敗したのです。

「ざまあみろ」

残酷にも、僕は心の中でそう呟いていました。

もし合格していたら、彼も秘密を守ったのかもしれませんが、僕は訴えられ、逮捕され、刑務所に入ることになってしまいました。

犯行動機について裁判では、

「慕ってくれる生徒だったので可愛くて……」

と供述していますが、本心ではありません。彼に愛情を感じたことは一度もありませんでした。それでも、彼の両親もいる前で、「憎かった」と言葉にすることはできなかったんです。

僕の罪は小児性愛者による快楽的犯行として裁かれましたが、僕は違うと思っています。僕は快楽を求めていたわけではなく、将来の可能性ある子どもに嫉妬し、未来を奪ってやりたいと思ったのです。

面会に来てくれた親友でもある同僚にだけは、胸の内を明かしました。すると、

「正直、お前の気持ち、わからないわけではないんだ……」

そう言って、一緒に泣いてくれました。

ルサンチマン(恨みや妬み)を抱えた高学歴難民は、子どもに関わるべきではないのかもしれません。

「俺を見下した奴は死刑!」「自分だけ幸せになるなんて許せない」「未来を奪ってやりたい」高学歴ゆえに抱えるプライドとルサンチマンが生み出した犯罪_5
すべての画像を見る

困窮型と支配型

これまで私が関わった高学歴難民による事件を見ていく限り、難民生活の長期化で疲弊した末、追い詰められて犯行に及ぶ「困窮型」と、満たされない社会的承認欲求を他人を支配することで満たそうとする「支配型」に分けられると考えています。

経済的困窮のみならず、佐々木冴子さんのように社会的孤立から精神を病み、犯罪に手を染めてしまうケースもあります。佐々木さんのように、仲間を見つけることが難しい人にとって、SNSは悩みを共有できる大事なツールとなっているようです。

その反面、SNSでは清水陽介さんのように攻撃的になり、事件にまで発展するケースも近年、増えており、支配型の典型といえるでしょう。

難民生活の行き詰まりからストーカーに豹変した鈴木誠さんもまた、行き場のない怒りを身近な元恋人にぶつけました。女性や子どもは、こうした支配型犯罪の被害者になりやすいといえます。

大人に比べ、身体能力が低い子どもは狙いやすいだけでなく、人生に絶望した大人たちの憎悪の対象になります。

性犯罪は目が届かないところで起きることも多く、瀬川卓さんのように、講師という地位を利用した犯行は、発覚が容易ではありません。一流大学出身の瀬川さんは、講師の中で最も学歴が高く優秀だと保護者から信頼される講師でした。それゆえ、プライベートで生徒と関わることも例外的に許されていたのです。

高学歴難民が抱えるルサンチマン、心の傷とは……。

写真/shutterstock

「へー、こんな大学出てもここに来ちゃうんだ」バイト先でいじめられる高学歴難民
前科者より厳しいとされる中高年高学歴難民の就労事情

高学歴難民 (講談社)
阿部 恭子
「俺を見下した奴は死刑!」「自分だけ幸せになるなんて許せない」「未来を奪ってやりたい」高学歴ゆえに抱えるプライドとルサンチマンが生み出した犯罪_6
10月19日発売
¥990
192ページ
ISBN:978-4065330869
学歴があれば「勝ち組」なのか?

月10万円の困窮生活、振り込め詐欺や万引きに手を染める、博士課程中退で借金1000万円、ロースクールを経て「ヒモ」に、日本に馴染めない帰国子女、教育費2000万円かけたのに無職……

「こんなはずではなかった」誰にも言えない悲惨な実態!

【目次】
序章 犯罪者になった高学歴難民
第1章 博士課程難民
第2章 法曹難民
第3章 海外留学帰国難民
第4章 難民生活を支える「家族の告白」
第5章 高学歴難民が孤立する構造
amazon