1987年2月のG7合意の際、当時の日銀総裁はすっかり青ざめていた

石橋 バブル経済は、財務(大蔵)省を動かして日銀をコントロールしていた米国が引き起こしたともいえそうです。

田村 日本の財務(大蔵)省としては、財政出動によって内需拡大を米国に迫られるのを非常に嫌っていました。

財政出動となれば、財政収支赤字が増えるというわけで本能的に嫌うわけです。

ベーカー財務長官はプラザ合意後、日本に対して財政・金融両面で内需を拡大せよと迫ってきたのですが、大蔵省は、財政は無理だが、金融ならできる、とかわして、大蔵省日本橋本石町支店の日銀にお鉢を回してきたのです。

いまでも鮮明に思い出しますが、1987年2月のパリ・ルーブル宮殿でのG7合意の取材に行ったとき、当時の日銀の澄田智総裁はすっかり青ざめています。記者会見では、宮澤喜一蔵相が記者たちと満足げな表情で受け答えしているのに、脇の澄田さんはほぼ一貫して無言でした。

なぜ財務省は日銀に対し強い影響力を持つのか? 日本のバブル経済をもひき起こした、本当の黒幕の正体とは_3

あとでわかったのですが、宮澤蔵相は得意の英語で、英語の本家、英国のローソン蔵相を感心させたとのことです。合意の柱は為替レートのリファレンス・レンジ(参考相場圏)でした。

簡単に言うと、合意時の各国通貨の対ドルレートを中心値として、一定幅に抑えようというものです。

具体的にはドルに対する為替の変動幅を中心レートの上下2.5パーセントとし、為替市場介入は各国の裁量に任せるが、それを超える場合、上下5パーセント以内に抑えるよう介入を義務づけられました。

秘密の合意で、中心レートはまさに合意時点の相場で、円は1ドル153.5円、西ドイツのマルクが1ドル1.825マルクです。
記者発表される相場圏部分の原案は英語表記で〝around present levels〟(=現時点の水準周辺)だったのですが、宮澤蔵相は日本語に直すとあまりにもはっきりしすぎると言って反対しました。それを受けてローソン蔵相が「それでは〝present〟(=現時点)を〝current〟(=現行)にしよう」と提案して、合意に漕ぎ着けたのです。

私も、合意後、しばらくしてFRBの幹部に〝current〟とは具体的にいつの時点を指すのかと質しました。すると「あれはちょうど合意の時点(=at the present time)のレートのことだよ」とあっさりと認めていました。

〝present〟も〝current〟も米当局者にとってはどうでもよいことだったのです。

しかし、英語のニュアンスに敏感な宮澤さんは、具体的な中心レートがばれると、投機筋につけ込まれると恐れたのです。

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澄田総裁がやつれきっていたのにはわけがあります。

為替安定に影響する金融政策については公式の合意文書では触れませんでしたが、実際には激しい議論がありました。為替相場の安定に向けて金融政策の果たす役割の重要性を米側が主張したのに対し、西ドイツは強く反対したのに、日本側はおおむね同意せざるを得なかったのです。

米国はドルが弱くなると日独が金利を下げるよう求めます。しかし、西ドイツは逆に米国が金利を引き上げるべきだと反論します。一方で対米協調利下げに応じてきた日銀は西ドイツに足並みをそろえることができません。

それどころか、ルーブル合意翌日の1987年2月23日には公定歩合を0.5パーセント幅、即ち2.5パーセントへと大幅引き下げを約束させられたのです。もとより、大蔵省日本橋本石町支店と揶揄される日銀は抵抗できなかったのです。

実際、ルーブル合意から一週間もしないうちに、西ドイツが為替市場介入合意から離脱し、ルーブル合意の崩壊が始まります。

もともと西ドイツは、「為替市場を当局がコントロールしようとすること自体が無理」という考えに立っていましたから、協調介入にも消極的でした。

澄田さんは大蔵省大物次官OBで、前任の日銀生え抜きの前川春雄総裁が1984年12月に退任したあとに、就任したのですが、翌年にはプラザ合意、そして1987年ルーブル合意に直面し、しかも1986年には二度も米利下げに付き合わされています。

資産バブルの兆候が見えはじめているのに、またもや利下げに追い込まれたのです。

日銀内部には生え抜きの三重野康副総裁を中心に、金融引き締め勢力から突き上げがありましたが、米国と組んでいる大蔵省からの金融緩和継続圧力には抵抗しきれません。

生気を失ったかのような澄田さんの表情には、その苦悩が滲み出ていたように思えます。

文/田村秀男、石橋文登 写真/shutterstock

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