実在の人間を描く、エッセイの怖さ

――本書では、家族との関係性が変わる“人生の転機”がいくつか挙げられています。その中で意外だったのが、村井さんの転機のひとつが「運転免許の取得」だったことです。

原稿を頭の中でまとめる作業は、ほとんど停めた車の中でしていますね。愛車はマニュアルの「RAV4」で、エアバッグすらついていない、ボロボロの30年物なんですけど(笑)。今でもちゃんと動いてくれますよ。「物理的なひとりきりの空間を持つ」という意味でも、私にとって車は必要不可欠ですね。

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古いRAV4  ※写真はイメージです

――義父母の過度な干渉がある中、「心の中に沸き上がるマグマのような感情を、原稿にぶつけて鎮火することが、いわゆるウィンウィンの関係なのではと無理やり考えた。」とあるように、村井さんは負の感情やトラブルを文章表現として昇華されていますね。一方、負の感情を処理できずため込んでしまい、疲弊してしまう人も多いと思います。

書くことを仕事にしていない方でも、皆さんSNSなどいろんな方法で表現されているのではないでしょうか。Instagramなどを見ていると特にそう思いますし、むしろ「すごいな」って思いますよ。みんなけっこうあけすけに、いろいろなことをさらけ出して発表していますよね。

私なんて、エッセイで家族のことを好きなように書き散らしているように見えるかもしれませんが、実際のところ本に書けているのは事実の2、3割ぐらい。これでも削りに削って、絞って絞って書いてるんです。それに比べると「SNS上の表現ってけっこう大胆だな」と感じますね。

――これほどつぶさに書かれているようで、事実の半分も書かれていない、と。身近な人をエッセイとして世に出す“怖さ”もあるのでしょうか。


今作は特に、書くのが怖かったですね。何もかも書いてしまって申し訳ない、とも思っています。実はまだ、義父母は私が家族について書いていることを、それどころか仕事について何も知らないんです。母も私がエッセイストと知らないまま死んでいきました。

本当は家族についてここまで書くのは良くないことかもしれない……でも“書いてしまった”んですよ。ですから私にできるのは、まだ健在な義母に今作がバレないようにすることだけですね。バレそうになってヒヤリとすることもありますが、今のところ大丈夫です。

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義父母は自分たちのことを書かれているとは知らないと笑顔で語る村井さん

――村井さんはこれまで、『家族』『兄の終い』『全員悪人』など、さまざまな角度から家族の在り方を描かれています。村井さんにとって、“家族”とはなんなのでしょうか。

「自分の母親のこと、すべて理解しています」っていう人はいませんよね。母だけじゃない、父親のことだってそうだと思います。私も同じで、母のことも父のことも、もちろん義母のことだってわかっていません。ましてや、“家族”のことなんてわからないことだらけですよ。

私が求めていた“家族”は、父が死に母と兄が死んで、ついに手に入らないものになった。しかし、今いる夫や息子もまた“家族”です。ややこしくもあり難しい、一筋縄ではいかないのが“家族”――まだまだ考えないと、その問いに対する答えは出ないと思いますね。


取材・文/結城紫雄
撮影/松木宏祐
写真/shutterstock

実母と義母
村井理子
2023年10月5日発売
1,650円
四六判/216ページ
ISBN:978-4-08-788094-6

逃げたいときもあった。妻であることからも、母であることからも。

夫を亡くしたあと癌で逝った実母と、高齢の夫と暮らす認知症急速進行中の義母。「ふたりの母」の生きざまを通して、ままならない家族関係を活写するエッセイ。

婚約者として挨拶した日に、義母から投げかけられた衝撃の言葉(「義母のことが怖かった」)、実母と対面したあとの義母の態度が一気に軟化した理由(「結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち」)、喫茶店を経営し働き通しだった実母の本音(「祖父の代から続くアルコールの歴史」)、出産時期と子どもの人数を義父母に問われ続ける戸惑い(「最大級のトラウマの出産と地獄の産後」)、義母の習い事教室の後継を強いられる苦痛(「兄の遺品は四十五年前に母が描いた油絵」)など全14章で構成。

義父や義母の介護をしながら時折居心地の悪い気持ちになることがある。実母に対して何もしてあげられなかったのに、あれだけ長年私を悩ませた義父母の介護をするなんて、これ以上の皮肉はあるだろうか。

(本書「結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち」より抜粋)
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