自然にたゆたうこと

小倉 登場人物の中で特に好きなのが、社長です。得体が知れないですよね。自分自身では家具のリペアはできないけれども、リペアできそうな人を連れてきて、リペアしたら面白そうな家具とマッチングさせる。

清水 そうです。社長はまさに「気配」を読むのがうまいやつなんです。

小倉 この媒介になっている感じが微生物っぽくて面白い。ここで描かれている家具のリペアはワインづくりと似ていると思いました。ぼくの住む山梨県・勝沼市は日本におけるいわば「ワインの首都」なので、周りに醸造家ばかりいるんです。みんなブドウを育てているわけですが、その年のブドウの出来がある程度わかると、ワインの着地点が見えてくるらしい。

清水 果物のなり具合で?

小倉 そう。ブドウの色やかじったときの酸味や甘みで「こういうワインを今年はつくることになるな」と。だから自分でこういう味にしようとかではなく、「たぶんこうなる」みたいな感覚なんですよ。それって、ここに出てくる家具職人の感覚とたぶん一緒ですよね。

清水 そうですね。

小倉 クリエイションとは、ある才能によって主体的に設計されるのだという近代的な思い込みがありますけど、醸造の世界はそうではない。まず気候などに左右されるブドウの出来があって、媒介として機能する微生物がいて、様々な要素の掛け合わせで自ずと見えてくるものがあって、それを自分がどれだけ受信できるかどうかにセンスというか、醸造のクリエイティビティがあるんじゃないか。

清水 フランスワインには、余計な手を加えないための法律がたくさんありますよね。

小倉 ありますね。砂糖を入れたらダメとかね。

清水 そんなに? って思うくらい。そこまでして何がしたいのかと言えば、その土地の自然が本来持っているテロワールを表現するためだという。だから「今年はつくれませんでした」みたいなことを平気で言う。どうにかしたらいいのにと思うわけですけど、でもどうにかしないことがワインづくりの価値にもなっている。

小倉 それはクリエイティビティの定義が違うからでしょうね。

清水 アーティストとは真逆ですよ。美術家は、絵の具のような化学的な物体をギュイーンと使って。写真もそうです。撮る瞬間は自然任せかもしれないですけど、作品に仕上げるときには、化学物質をゴリゴリに使って、長期間変化しない物質をつくる。高いお金で売った作品がすぐに消えたら困るからです。変化しないこと、パーマネントなことに価値があり、そうじゃないと価値が認められないところが美術の世界にはある。だから小説には真逆の世界を取り入れたかった。

小倉 だから社長や鴻池さんのような人たちが出てくる。

清水 そうですね。二人とも非常に謙虚で、何もしない人たちで。

小倉 何が起こってもぜんぜん取り乱さない。冒頭、お店の屋根が飛ばされるところから始まりますが、もうちょっと慌てるよね(笑)。

清水 社長は自然派ワインの醸造家のようなタイプでしょうね。

小倉 たぶん「気配」を受信するためには、なんらかの方法論が必要で。ぼくの場合はたまたま発酵だったと思います。他のルートもあって、そのひとつに文学もあるんじゃないかな。

清水 そうか。つくる側の方も、周囲の環境に振り回されながらつくることによって、味わい深さが生まれてくるんだろうな。酒は特にそうですけど。たぶん文学も。

小倉 あと登場人物としては、夏見さんが好きで。

清水 夏見さんはイケメンでお金持ちですよね。彼も醸造とかしそうだな。

小倉 ワイナリーを始めるスピンオフ回とかどうですか。

清水 いいですね。戦時中はワインからできる酒石酸を軍事利用しようと、ワインづくりが奨励されていたという歴史もあったりして……いくらでも書けそうです。

清水裕貴×小倉ヒラク 『花盛りの椅子』刊行記念対談「被災家具と微生物が交差するとき」_5

「小説すばる」2022年3月号転載

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花盛りの椅子
著者:清水 裕貴
集英社
定価:本体1,800円+税

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