かつて雑貨店は、お金のない若者のユートピアだった
あゝ、文化屋雑貨店……。
その名をつぶやいただけで、目に少し涙が浮かぶくらい懐かしい。
高校〜大学生の頃、僕らプア・ユースにとって、雑貨店はある意味ユートピアだった。
当時、洋服の値段は今と変わらなかった。いや、そこそこかっこいい服は、むしろ今より高かったはず。
確認のため、手元にある1980年代後半の「ポパイ」や「ホットドッグ」を見てみると、シャツ19,000円、パンツ38,000円、ジャケット75,000円、ハット9,700円などとクレジットされている。
やっぱり。
確かに、そのくらいが相場だったという記憶もある。
「日本のこの30年間って一体なんだったのだろう」と改めて考えてしまうような事実だ。

「服の相場はそんなもん」と認識していたとはいえ、いくらバブル期でも当時の若者がそんな高い服をポンポン買えたわけではない。
親からのなけなしの小遣いと、学校や遊びの合間にちょこちょこバイトして得た給料しか持たぬ学生ならなおさらのこと。
「服を買うぞ!」と決めた日は、気分的には朝からふんどしを締め直し、ねじり鉢巻で街へと出陣した。
逆にそういう決意を持たぬ日の街歩きは、基本的にウインドウショッピングだけだ。
でもせっかく新宿・渋谷・原宿へと出張ってきたのだから、手ぶらで帰るわけにゃあ、いかねえ。なんでもいいから、何か買いたい。
そんな僕らがたどり着くのが、低価格商品の揃う古着屋やミリタリーショップ、そして雑貨店だったのだ。
当時と比べて今はあまり雑貨店が目立たないのは、あの頃だったら雑貨や古着しか買えなかったような金額でも、GUにでも行けばトレンド服が容易に買えるからなのだと思う。
東京堂、デプトストア、大中、宇宙百貨、チチカカ、ガラクタ貿易、スーパーフリークス、元祖仲屋むげん堂etc.……
もうなくなってしまった店から、今でも営業中の人気店まで、とにかくいっぱいあったなあ。
特に文化屋雑貨店は、日本のキッチュな雑貨カルチャーを創出し、牽引した立役者。
オシャレなものといえば欧米ものに目が向きがちだった当時、安かろう悪かろうながら、めちゃくちゃシュールかつポップで斬新な中国雑貨に目をつけ、提案したのも、文化屋雑貨店が最初だったはずだ。

その懐かしき文化屋雑貨店。
「もう役割を終えたんだよ」とでも言いたげに、ほとんど前触れもなく突如閉店してしまった文化屋雑貨店が、ここ、神田神保町にまだあるなんて。
ちょっとにわかには信じ難い、夢か幻でも見ているかのような話。
そして「実はまだやってるよ〜ん」というそのインチキくささ(失礼!)こそが、文化屋雑貨店の本質を示しているようで、まことに愉快なのである。