お客に怒られて、気付いた自分の特性
ある日のこと、麻雀ゲームをしていた4人組のお客をひどく怒らせてしまった。ゲームが続いている最中に、タバコやゴミの回収をしようとしたのが原因だ。
「場の空気を読めないところが結構あるんです。でも、働き出した最初のころはそれがわからなくて。麻雀ゲームのときも、1局終わるまで待てばよかったのに、みんなが集中している時に手を出してしまい、めちゃくちゃクレームをくらいました」
高梨さんがすごいのは、そこでめげなかったことだ。
「めちゃくちゃ怒られるから、その都度考えたんです。で、仕事をしているうちに、ああ、僕はこういう特性があるんだとわかってきたんですね。怒られたくないから、仕事のコミュニケーションの本とか、めちゃくちゃ読みました。だから、空気を読む力は、後天的に身に着けたんです」
接客業にはマルチタスクが求められるが、高梨さんはそれも苦手だった。例えば、目の前のお客に対応している最中に、離れた場所にいる別なお客に呼ばれることがある。1人ならまだしも、2人から呼ばれると、片方のお客を忘れてしまう。
「お客様に『何分待たせるんだー!』とキレられることは、結構ありましたね。僕はキャパが狭いっていうか、ワーキングメモリーが全然ないから、すぐ、いっぱいいっぱいになってしまうんです」
そんな特性に気が付いてからは、「この人が1番、この人は2番、あっちの人が3番」と自分の手にメモを書いて、やっと対応できるようになったそうだ。
「場の空気を読めない」「マルチタスクが苦手」
高梨さんが苦戦したこの2つは、発達障害の人によく見られる特性だ。もしかして高梨さんもそうなのではと思い聞いてみたら、うなずく。
「たぶんちょっと、あると思います。(障害者)手帳を取るレベルではないですけど」
発達障害は先天的な脳の発達の凸凹によるもので、その特性によってASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠陥/多動症)、LD(学習障害)に分けられるが、2つ以上の特性を併せ持つこともある。
発達障害とは診断されないものの、高梨さんのように軽度の特性がある人を、発達障害グレーゾーンと呼ぶことも増えてきた。2022年の文科省の調査では、小中学生の8.8%が発達障害の疑いがあり特別な支援が必要とされている。
高梨さんがゲームセンターで働き始めた15年ほど前は、まだ発達障害そのものが一般の人にはあまり知られておらず、特別な配慮などは全くなかったそうだ。
「ワーキングメモリーがないせいで、掃除に使っていた雑巾をどこかに置き忘れちゃって2時間探したこともあります。残業代は出ないけど、ハハハ。その時も、上司に特性をちゃんと把握してもらえていたらよかったんですが、自分の努力が足りないって怒られましたから。できないなら辞めてもらいます、それで終わりですからね」