このシリーズは主人公チームに
主人公補正がかかっていないんです
―― スピンオフとも言える『空への助走 福蜂工業高校運動部』(二〇一六年)を経て、二〇一七年に第三作「春高編」のウェブ連載がスタート。二〇一八年に単行本としてまとまった本作は、清陰高校が初出場した回の春高バレーを余すことなく書き切っています。
「春高編」では、正味五日の大会期間をメインにすることは自ずと決まりました。春高には毎年足繁く通っていたんですが、私が特に集中的に取材していたのは、石川祐希選手が活躍していた星城高校がほぼ無敵だった時期と重なっていたんですね。星城もかっこいいなとは思っていたんですが、星城に勝てなかった学校にずっと思い入れを持って観ていたんです。そのうちに、自分の中に物語の種みたいなものがたくさん生まれていった。それを詰め込んだのが「春高編」です。
―― 全国大会三冠を狙う福岡代表・箕宿高校の一七五センチの小柄なエース・弓掛、弓掛とライバルであり親友でもある万能プレイヤー・浅野直澄が在籍する東京代表・景星学園……。またしても、清陰のライバルチームが魅力的です。
代表戦ではライバル校は福蜂一校でしたが、今度は全国大会なので、最低二校はライバルを作ろうと思いました。代表戦のコンセプトを引き継いで、どのチームも負けてほしくない、この作者は必ずしも主人公サイドを勝たせるとは限らないぞ、と思ってほしかった(笑)。実際の試合をリアルタイムで観戦する時は、勝ち負けが分からない状態で観ているじゃないですか。それと同じ没入感を作り上げたかったんです。
―― リアルタイムで進行する試合および群像ドラマの実況&解説に加え、要所で過去の回想シーンが入り込む語り口は新発明だったと思います。もう一つ発明的だなと感じたのは、弓掛が率いる箕宿高校との試合では、清陰が一種の「悪役」に見えるという演出です。「高さの正義」に屈しないバレーを貫いてきた箕宿高校を、清陰は「高さ」で圧倒しようとする。これをやっちゃっていいんだ……と震えました。
どのチームも、自分たちのチームが主役なんです。ライバルチームの側に立てば、主人公チームが悪役というかライバルになる。言い方を変えると、主人公チームに主人公補正がかかっていない(笑)。だからこそ、どちらが勝つか最後の最後まで分からない。そこは強く意識しました。
―― 春高終了後の灰島の決断は驚かされたのですが……。
読者ががっかりしてしまうかもしれない、賛否が出るだろうことは分かっていました。でも、清陰がここで一回チームとして壊れることで、予定調和ではない、思いがけない広がりができるような終わり方にしたかったんです。というのも、春高編の終盤を書いていた時点で、シリーズ史上初めてあらかじめ次作も書けることが決まっていたんですよ。アニメ化決定(※フジテレビ「ノイタミナ」枠ほかで二〇二一年一月~三月放送)の御褒美でした(笑)。
―― 春高編をガッツリ書いてみて、改めてどんなところに高校男子バレーの魅力を感じましたか?
バレーボールに限らず部活って、三年なら三年で、絶対に終わるんですよね。同じチームや選手をずっと観続けていると、たった三年の中でものすごい成長があるんですが、成長を遂げたところでその選手は卒業してしまうし、チーム自体もガラッと変わってしまう。有限であることの尊さが学生スポーツには色濃くある、そこに惹かれるのかなと思います。
アナリストと戦略的バレー
最新作は大学バレーの特色を盛り込んだ
―― 五年ぶりとなる待望の最新作が、『2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years』<Ⅰ・Ⅱ>です。サブタイトルからも明らかですが、本作は「大学編」。どんな経緯で「春高編」の次は「大学編」にしようと決めたのでしょうか?
二〇一七年に、大学バレーをすごく熱心に観ている方とたまたま知り合えたんです。当時、私は何の知識もなかったので、その方に観戦方法を教えてもらって、初めて大学の試合を観にいったら「あの県の高校のエースとあの県の高校のエースが同じ大学に!? すごいっ!」と。春高で見知っていた選手たちが、大学でドリームチームを組んでいたんですよね。現日本代表キャプテンの石川祐希選手、ミドルブロッカーの小野寺太志選手、リベロの小川智大選手、セッターの永露元稀選手、オポジットの宮浦健人選手……一部を挙げただけでもすごい顔ぶれ。高校を五、六年取材してきた下地があったので沼に落ちるのは一瞬でした(笑)。ちょうどその頃「春高編」の次が書けるというお話をいただいたので、次は「大学編」にしよう、と。
―― 新たに登場する八重洲大の破魔清央と太明倫也という二人組は、これまでにない新しい関係性が結ばれています。と同時に、「あの選手とあの選手が同じ大学に!?」という驚きが満載ですね。チーム作りは大変でしたか?
シリーズを読んできてくださった方は高校のチームメイトとの関係性を大事に思っているはずなので、そこを一旦切り離して、新しいチームに思い入れを持ってもらうのは一筋縄ではいかないぞと思っていました。ただ、本音を言えば私自身は新キャラクターを含め、誰と誰を一緒にしようかなってワクワクしかなかった(笑)。ちなみに、三村と灰島は最初から同じ欅舎大のチームでしたが、初期のプロットでは黒羽は違うチームで、弓掛がいる慧明大に入れていたんですよ。
―― なんて無体なことを!(笑)
それで第一話の半分ぐらいまで書きました。その時は三村が四年生で灰島と黒羽は二年生、実際に書いたものより一年上の学年で書いていたんですが、途中で行き詰まってしまった。編集さんと相談を重ねるうちに、みんなを一学年下げて、新たに四年生のキャラクターを作ることにしたんです。四年生、という高校には存在しない学年を意識したことがいい刺激になって、話が動き出しました。その過程で三村と灰島の大学に、黒羽も入れる設定に書き換えました。
―― 新作では、大学バレーの魅力がたっぷり描かれています。高校バレーとは全く文化が違いますよね。
高校の部活はまだしも、大学の体育会運動部って私には全く想像がつかないものでした。幸いにも中央大学の男子バレー部との繫がりが見つかり、練習風景や試合の前後の様子を取材させてもらったんです。中大のアナリストの方に密着させてもらえた経験もものすごく役立ちました。
―― アナリストは、情報担当としてベンチと通信するメンバー。各大学のアナリストの存在を通して、高校のバレーとは異なる「戦略的バレー」が高解像度で描写されていました。
せっかく大学バレーを書くからには、高校にはなかった特色を見せたいと思いました。例えば、関東学連の一部リーグのレベルはかなりVリーグに近い。大人と遜色ない試合が観られる大学リーグを書くために、最新の戦術を勉強して取り入れました。戦術的な駆け引きのあるレベルの高い試合を書きたいけれど、全てを文章で説明したら読めたものではなくなってしまう。そこに小説としての人間ドラマもかみ合わせていって……というバランスが本当に難しかったですね。
―― 頭から尻尾まで、最高にエキサイティングでした。
大学バレーの大きな特色は、高校の大会のようにトーナメント戦ではなく、リーグ戦があること。優勝の行方が、最終戦だけで決まらないことはよくあるんですよね。そこから刺激を受けて、今回のテーマは「三つ巴」にしました。しかも今回は、清陰のメンバーが多い欅舎大学が主役だと思って書いてはいません。欅舎、慧明、八重洲という三大学が、同等の主人公というつもりで書いていきました。三チームどこも優勝があり得る状況をギリギリまで引っ張っていって、最終戦はリーグ戦ならではの二試合同時進行でいく。その展開を決めたはいいものの、書き切るには四年以上の時間がかかりました。ページ数も、前作の一・五倍(笑)。
―― その厚みが、この物語の熱さを証明していると思います。書き終えた今、胸を張る思いもあるのではないですか?
知れば知るほどバレーは奥深いスポーツなので、力不足を感じていますし、うまくいっているのかどうか自信はないんですけれども、とにかく力を尽くしました。連載中、読者さんからの感想が本当に励みになったんです。『2.43』を読んで実際のバレーにも興味が出ました、とおっしゃっていただけることが本当に嬉しかったんですよね。高校バレーを観るようになり、日本代表の国際大会を観るようになり、今や大学のリーグ戦会場にも通うようになったという人がいらっしゃったんですよ。大学の会場にまで行くって、相当です(笑)。私がこのシリーズで、最新作で表現したかったことが伝わったということかな、と。そのことに関しては確かに、ちょっと胸を張る思いはあるんです。
2.43 清陰高校男子バレー部
ポータルサイト
http://243.shueisha.co.jp/